【神神の契約】釈 

西風隆介による公式の謎本  

まな美と土門くんが喋る「西暦500年日本の首都は埼玉にあった!!」

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「どや! ええ勝負しとうやろ……!?」
「か、勝ってるじゃない、ほんとうに」
「歴史部は嘘はつかへん。丸墓山古墳は一見サイズは小さいけど、まん丸な円墳なんで、土の量は二子山古墳の約1・5倍、すなわち200m級の前方後円墳に相当するんやで。しかも丸墓山古墳と二子山古墳は同時築造という、気合いの入りかたが違うぞう」
「それに比べて武烈天皇の陵墓は、自然の丘だし……」
 ふたりして、しばし笑い転げてから、

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「は、は、は、は……王朝交替期の数ある諸説に、我が歴史部が、強烈な一石を投じてやったぞう」
「埼玉へ遷都は、ひときわ異彩を放っているわよね」
「当時はまだ埼玉という地名はあらへんかったんやけど、みんなが喜ぶ思てこないした」
「さすがサービス精神旺盛よね」
 まな美は、皮肉っぽく呟いてから、
「忌部が政権奪取できたチャンスは、歴史上3回あったのね。最初は卑弥呼が没した直後の動乱で、壹與をたてて鎮まったでしょう。これは阿波のオオトノベで、すなわち忌部の女神様よね。そして2回目が、この雄略天皇の暴虐、そして3回目が大化の改新の暗黒」
「なるほど、倭の国が転覆しそうになっとったときには、忌部が裏でかまえてはったわけやなあ」
「けど忌部には、ひとつ弱点があるのよ」
「な、なんや?」
「軍隊を持っていなかったことね」
「あ、戦わへん一族やもんな」
「だから事をかまえるさいには、軍事的に強い一族と同盟をむすぶ必要があって、それが雄略天皇のときの吉備、大化の改新のときの出雲族、だったんじゃないかしらとわたしは思うのね」
「な~るほど、さすがは姫、深い読みやなあ」
「そしていよいよ、お待たせしてしまった話よ。『古事記』に書かれてあった忌部と出雲族の婚姻の話ね」
「ようやく蛇の生殺しや。ほな、『神神の契約』ばーじょん2を、どぞ!……」
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                         さらにつづく

まな美と土門くんが喋る〝星川皇子〟の秘密

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「『宋書倭国伝では、倭王武として知られ、さきたま古墳群から出土した金錯銘鉄剣には、獲加多支鹵(わかたける)大王と刻まれていたのが、雄略天皇よね」
「そないな超有名人が、埼玉県から出土してはったとは……」
 土門くんは、小馬鹿にしていう。
「さきたま古墳群が、いかに特殊な古墳なのか良くわかるわよね」
「そやけど、歴代天皇人気投票したら、わーすと1位なのが雄略天皇やぞう、たぶん」
「その種のアンケートはタブーなの、ここ日本では」
 と、まな美は窘めていってから、
「けれど、即位直前の残虐さや、即位してからの傍若無人ぶりは、土門くんが言うところの、まさに暗黒面に落ちていってるでしょう」
「だん、だん、だん、だーだだん、だーだだん……♪」
「よく似ていると思わない? 大化の改新のころの状況と」
 土門くんはダース・ベイダーのテーマ曲を転調して2コーラスほど口ずさんでからいう。
「……よう似とう」
「そして問題の、星川皇子よね」
「目茶苦茶稀(めず)らしい名前なんやろ。なんでも、星の川という概念そのもんが古代にはあらへんかったという噂が……」
「その星川という名前の、本当の謂われを知っていたのは、忌部ぐらいしかいなかったはずだわよね」
「まあ……たしかに」
「そこでわたしは思いついたの。この星川皇子の名付け親が、忌部じゃなかったのかしらって」
「なるほど……するとやな、忌部と吉備が密約をむすんどったいうわけか? 雄略天皇の追い落としを画策しとったんやろか?」
「さしもの温厚な忌部も、ぶち切れちゃったんだと思うわ」
「ぶ、ぶち切れやしたか……」
 土門くんは笑ってから、
「そやけど系図を見たら、ほっといても次は吉備の天下やんか。磐城皇子というお兄さんもいてはってやし」
「そこよ、そこ!」
 まな美は強調してから、
「吉備と忌部も、同じように考えて、緩手に出てしまったわけね」
「看守? 牢獄のか?」
「ぬるい手と書いて緩手、将棋や囲碁などで使うじゃない」
「な、なるほど……何もせえへんで待っとったら先手を打たれてしもたわけやな。大伴室屋(おおとものむろや)たちに」
「そう。星川皇子の乱とは言われているけれど、ほぼ100%大伴が起こしたクーデターよね。まさか末っ子の白髪皇子をかつぎ出すなんて、誰ひとり考えていなかったんじゃないかしら」
「たしかにな……見るからに弱っちいもんなあ」
 と、土門くんは声をひそめていってから、
「そやけど、この大伴の打った手こそ、最悪手やんか。清寧天皇はあっさり崩御しはって、その後、継体天皇の京(みやこ)入りまで約半世紀、倭の国は誰がどう治めてはったんか真実は誰にもわからへんという歴史の空白域をつくってしもとう」
 ――いわゆる〝王朝交代期〟で、雄略天皇崩御は479年、継体天皇は507年に即位したものの倭の国(大和三山の近辺)に入れたのは526年だ。記紀によれば500年前後は武烈天皇の世だが、歴史学者の大半は非実在説をとる。
「歴史にイフはないけれど、忌部と吉備が手をたずさえて倭の国を刷新しましょう、とそんな約束ができていたと想像されるのに、残念だわよね」
「ふむふむ……」
 土門くんは腕組みをして、しばし考えてから、
星川皇子の乱の事後処理で吉備はぽしゃってしもたけど、忌部はちがう。そこで自分はひらめいた!……」
「な、何をよ土門くん?」
「忌部は、さきたま古墳群を突如つくり始めたやんか。あれ同時代の倭の陵墓と比べたら、さきたまの方が規模は大きいねんで。つまりやな、もういっそのこと別の国を作ろうと忌部は決意したわけや。その首都こそが、ざ、埼玉県やあ!……」
 まな美は小さく拍手しながら、
「けど、それでいいの? それを歴史部の指針とさだめて?」
「かまへん! 西暦500年前後、日本の首都は埼玉県にあったんやあ! 誰にも文句いわせへんぞう」
「いったもの勝ちよね。元来歴史の空白域だし」
 と、まな美も無邪気に賛同するのだった。

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                         さらにつづく

まな美と土門くんが喋る〝仇敵藤原氏の空白域〟

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「こうやって倭国武蔵国の年譜をならべてみると、あれこれと見えてくるわよね」
「ほんまかあ?……武蔵の方はすこすこで古墳しかあらへんやんか」
「その合間を真の歴史で埋めるのが、わしたち歴史部のつとめじゃない!」
 と、まな美は檄を飛ばしてから、
「重要なのは、中臣鎌足が669年に亡くなっていたこと。後継者は藤原不比等(ふひと)なんだけれど、当時はまだ子供で、その不比等が台頭してきたのは700年頃からなのね。それに他の中臣たちは、壬申の乱で負けた大友皇子、すなわち弘文天皇に味方していたので、処刑もしくは流罪なのよ。つまりこの間は仇敵藤原氏空白域で、忌部を邪魔するような勢力は存在しなかったのね」
「な~るほど、それで天皇さんに北斗信仰を布教できたわけやなあ」
「山王塚古墳って、異様に大きいでしょう。熊野神社古墳や天文台構内古墳の約4倍のスケールよね。これはわたしが想像するに、忌部の勝利宣言ね」
壬申の乱で勝ったからか?」
「それもあるけれど、天武天皇が忌部の信仰を受け入れてくれたから、そのうえ藤原が消えたからあ」
 と、まな美は無邪気にいってから、
「それに、この山王塚古墳の場所は入間川沿いで、出雲族の領域だけれど、北武蔵・南武蔵の双方から忌部が手伝いを派遣していたはずよ」
「それは言えそうやな。出雲族だけの財力では、そないに立派な古墳は造れそうにあらへん」
「それに土門くんいわく、上宮王家滅亡事件以降は殺戮だらけで、倭は暗黒面へと落ちていったでしょう。ちょうどそんな時期に熊野神社古墳は造られ、つまり忌部と出雲族が盟約をむすんだわけね。それって、わたしが思うに、過去のある時期ととってもよく似ているのよ」
「ええ? どんな時期とやあ?」
天皇、誤りて人を殺したまふこと衆(おお)し、天下、誹謗して言う。大悪天皇なりと『日本書紀』に堂々と書かれてしまっていた雄略天皇と、星川皇子のころの話が・・・・・」 

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                         さらにつづく

まな美と土門くんが喋る〝忌部連合国〟の巨大さ

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 〝忌部置換の方程式〟より〝渡来人不要の法則〟が良いとまな美はいい出して、そのときどきの雰囲気で使い分けようとふたりは合意してから、
壬申の乱で、忌部が大海人皇子の味方をしていた証拠は、実は『日本書紀』にもあって、忌部の子人(こびと)という人が、大海人皇子直属の将軍・大伴(おおとも)の命をうけて、古き京(みやこ)すなわち飛鳥を守るために派遣されたという記事が」
「あれ? 忌部って戦わへん一族ちゃうのん?」
「天下分け目なので、やむをえず駆り出されたらしいのね。この人は元来文官で、天武天皇が、帝記(ていき)及び上古の諸事を記し定めしたまふ、と、その後の『古事記』や『日本書紀』編纂につながる命を出したさいに、忌部小人は、その中心執筆者のひとりに任命されるほどの、当代随一の学者さんだったのね。そして実に驚くべきことに、西暦700年を過ぎてから、出雲国の初代の国司に任命されたのが、その忌部小人だったのよ」
「ええ! 出雲の国司にか……?」
 土門くんは、実際に驚いていった。
「太古からの両者の関わりが考慮されての任命よね。それに、当時の倭における出雲族の地位は、今では考えられないほどに低かったと思えるのよ。毛野王国や吉備王国の末裔なら、名のある貴族が文献にたくさん登場してくるけれど、出雲族出身の貴族なんて、わたしは一人も知らないわ」
「なるほど、その忌部の国司は、いわゆるお目付役か。もしくは出雲族の後見人やろか。世話役ともいえそうな……」
 土門くんは、ふさわしい言葉をあれこれ探している。
「そういった倭での状況をふまえて、武蔵国へ話を戻すと、より詳しい古代の歴史が見えてくるはずなのよ」
「姫がそう言い出すんを待っとったぞう。特別な地図を用意してあんねん。縮尺を合わせて作った倭と武蔵の比較地図やあ。ほな、でで~んと」

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 まな美は思わず、小さ、と呟いてから、
「どこかしら悪意が感じられる作りよね」
「な、なに言うてんねん! 忌部帝国の偉大さを如実にあらわしとう地図やんか。それに武蔵の忌部帝国だけでこれやで。安房・阿波・讃岐・伊豆諸島の忌部連合国を加えたら、もうめっちゃくちゃ巨大になるぞう」
「そうそう、その忌部連合国だけれど、それは弟の領地だけなのね。忌部にはお兄さんがおられたじゃない」
「お兄さん……?」
「『魏志倭人伝』では投馬国の副官の彌彌那利(みみなり)、『古事記』では、僕(あ)は汝をたすけて忌人(いわひびと)になって仕え奉らむ、といった神八井耳(かむやいみみ)命で、つまり綏靖(すいぜい)天皇のお兄さんね。この神八井耳命の領地は日本各地にたくさんあったらしいので、そちらの地図も作って欲しいわ」
「他人事(ひとごと)みたいに作れ~作れ~と姫はいうけど、そうそう簡単には地図は作られへんのやあ……」
 と、土門くんは嘆くのだった。 

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                         さらにつづく

まな美と土門くんが喋る〝忌部置換の方程式〟

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 歴史部のパソコンから写真を選び出すと、まな美はこれが証拠だと提示した。
「どれどれ、七曜文の鞘尻(さやじり)金具と富本銭(ふほんせん)やんか……富本銭は、たしか飛鳥池工房遺跡からの出土やから、あの飛鳥やな」
「今より以降、必ず銅銭(あかがねのぜに)を用いよ、と『日本書紀』にあった銭貨で、これは天武天皇が作らせたものよ。つまり壬申の乱で勝利した大海人皇子ね」
「それは683年やろ。鞘尻金具は熊野神社古墳からの出土やから、650年より以前や。つまり忌部が、この文様を教えたいうわけやな、天武天皇に」
「文様だけじゃないわよ。天皇という称号は、この天武さんが初めて用いたのね。古代中国では、天空のある一点を中心に星々がぐるーと巡っているように見えることから、そこを北辰と呼んで宇宙の中心だと考えた。それを神格化したのが〝天皇大帝〟と呼ばれる道教の神様で、自身をそれに仮託したわけよね。けど称号だとか文様だとか、そういった表面的なことではなく、北辰信仰そのものを天武天皇が享受した、そこが重要なのよ」
「するとやな、忌部の信仰を天皇さんが受け入れはった、いうことか?」
「わたしはそう考えているわ。それに、北斗の神様を信仰したりすると、どこかしらに影響が出てきそうよね」
「あっ、お墓に!」
 まな美は、うなずいてから、
藤原京は、北斗信仰に基づいて作られていて、古墳も相応に配置されているのね」
「それも姫が発見したん?」
「残念ながら、これは昭和のころから研究されているわ。その藤原京を作れと命じたのは、ほかならぬ天武天皇よね。『古事記』や『日本書紀』の編纂も、命じたのは天武天皇ね」
天武天皇崩御は686年やねんから、それらは亡くなりはった後に完成したんやな」
 土門くんは、こと年代に関しては異様にシビアで、補足していった。
「新たに八色の姓(やくさのかばね)を制定したのも、天武天皇よね。それに右大臣や左大臣みたいな役職はいっさい置かず、要職はすべて身内の皇族だけで固めて、いわゆる皇親政治を始めたのも彼よね。もうありとあらゆることを刷新して、つまり信仰すらも変えてしまったわけよ。仏教ではなく神道でもない、別種のものにね」
「なるほど、それで北斗信仰を取り入れたいうわけか」
「でもね、歴史学者達は異口同音にこうおっしゃるわよ」
 と、まな美は怪談話のような、おどろおどろしい口調でいってから、
「当時、倭(やまと)の国と河内(かわち)の国には、秦氏東漢氏などの中国系の帰化人や、百済高句麗新羅などからの渡来人がたくさん居住していた。北斗信仰は彼らが持ち込んだに違いなく、天武天皇がそれを享受したのである……と」
「あ! それは嘘や」
「明らかに間違いよね。発見だとか発明だとか便利グッズなら、素直に受け入れるでしょうけど、北斗信仰は、どうみたって宗教よ。それも昨日今日日本に住み始めた異国人の宗教を、日本の大王様が、なぜ受け入れなきゃいけないのよ? そんなの筋が通らないじゃない! 仏教の享受だって国を二分するほどの戦争をやったんだから!」
 と、まな美は早口でまくしたてる。まさに口角泡を飛ばして。
「渡来人が~渡来人が~渡来人が~……」
 かたや土門くんは、何やら呪文らしきものを唱えている。
「確固たるバックボーンが忌部の側にあったからこそ、それは西暦200年代からの筋金入りの北斗信仰で、だから天武天皇はそれを受け入れたのね。それに忌部は、この当時はまだ祭祀系氏族の筆頭だったはずで、つまりそもそも、この種のことを天皇に進言する立場だったのよ」
「姫、おもろい法則をひとつ思いついたぞう」
「なに土門くん……?」
「従来古代史の説明では、渡来人が日本に持ち込んだ~、渡来人が教えた~、渡来人が~、いうたぐいの話がやたらと多いやんか。そやけど、この渡来人の部分を〝忌部〟に置き換えてみて、筋が通った場合は、そっちの方が正しいという法則や」
「あら、それは斬新ね……!」
「たとえばやな、日本に漢字を伝えたのは百済人もしくは新羅人で、5世紀に」
「それは嘘だと即答できるわ。百済新羅という国が存在する以前から、忌部は漢字を使えたはずよ」
「ふ、ふ、ふ、ふ……忌部置換の方程式と名づけよう」
「う~ん、けどそれはやだあ、土門くんが言うと別の漢字が浮かんでくるう」
「な、なんでやあ!……」

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                         さらにつづく



 

まな美と土門くんが喋る〝大化の改新〟の暗黒面

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「……意外にシックな地図ね。それに便利地図とか言ってなかった? どこがどう便利なのかしら?」
「見たら即わかるやんか。倭(やまと)王国には、変化はとくに無かったということが」
「そ、そんなあ!……」
 まな美は、炬燵の中でじたばた暴れている。
平城京は700年代の話なんやで、それを付け足してやって、この程度やあ」
 と、土門くんは恩着せがましく吼えてから、
飛鳥時代とかいうやろ、あんまり一般的ではあらへんけど、だいたい600年代をそういう。天香具山の南側が〝飛鳥〟と呼ばれとった地域で、そのへんに歴代の天皇さんが宮殿を建てて住んではったからや。そして600年代の末に、藤原京という初めての条里制の都を作るんやけど、これは大和三山の内側に作って、それほど大きくはあらへん。神武天皇が即位した伝説の橿原宮(かしはらのみや)も、大和三山畝傍山にあったそうや。西暦200年ごろからずーとこのへんで生活しとったんを、500年後にやっと、北の方も使おうと思いたって、平城京を作って遷都したわけや」
斑鳩宮(いかるがのみや)があるじゃない。大和三山からは離れて。これは聖徳太子でしょう?」
「そや。冒険心のある人やったんかもしれへんな。ちなみに法隆寺も、このへんに建てられた。聖徳太子は622年に亡くなりはって、その斑鳩宮には、山背大兄王(やましろのおおえのおう)などの子孫が住んではったんやけど、643年、蘇我入鹿に襲われて、世にいうところの上宮(じょうぐう)王家滅亡事件が勃発するわけや」
 土門くんは、ふむ、と小難しい顔でうなずいてから、
「ここを境にして、がらりと雰囲気が変わるねん。600年代の前半は、とくに聖徳太子がいてはってのころは平和な時代や。十七条憲法が作られたりして夢と希望にあふれとった。そやのに、この上宮王家滅亡事件以降は、殺戮と戦争だらけの暗黒面へと落ちていくわけや……♪」
 と、土門くんはダース・ベイダーのテーマ曲を口ずさむ。
「たしかにそうよね。その2年後は乙巳(いっし)の変で、蘇我入鹿は暗殺されて蘇我宗家は滅亡し。味方をしてくれた蘇我倉山田石川麻呂(そがのくらやまだ いしかわまろ)は、功績で右大臣にすえたのに、後年あらぬ疑いをかけて妻子ともども殺害されたし。645年、皇極天皇が退位して皇位につくことを勧められた古人大兄皇子(ふるひとのおおえのみこ)は、それを断って出家して吉野に隠遁していたのに、謀反を企てていると攻め滅ぼされたし。やむなく即位して大化という元号を日本で始めて制定されたのは孝徳天皇だけれど、息子の有間皇子(ありまのみこ)は、これも謀反の嫌疑で処刑されてしまったし」
大化の改新みたいな奇麗ごと言うとうけど、どす黒いクーデタやったいう説が有力や。なんせ首謀者のひとりが中臣鎌足やからな。藤原氏の絡んだ歴史に真実はあらへん!
 それは最近の歴史部の標語(合言葉)なので、まな美も、うなずいてから、
「もうひとりの首謀者の中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)、後(のち)の天智天皇も、評判は芳しくないわよね。とくに朝鮮半島有事に関しては」
「663年、白村江の戦いで大敗した。これはしゃーあらへん。新羅の単独やったら勝てたやろうけど、さすがに唐には勝たれへんな。問題は事後処理や。あまりの戦力差に恐れをなした中大兄皇子は、九州のみならず、そこらじゅうに城を建てまくって、あげくのはてには、飛鳥は知られとって危ない、唐・新羅連合軍が責めてくる~と、667年、琵琶湖の大津に京(みやこ)を遷して隠れ住んだわけやあ。そこで正式に天皇として即位したんやな。そやけど、そんな田舎には誰も付いて行きとうあらへんかったんで、放火されまくったそうや」
「放火するの?」
「人心が荒廃しまくっとったら、そうなるんやて。宮殿を建てては燃やされ、建てては燃やされ……そうこうしとったら4、5年で亡くなりはって皇位継承でもめ、そしてついに、ついに起こったんが、672年、日本の古代史上最大の内乱、古代の関ヶ原といわれとう、壬申(じんしん)の乱やあ」
壬申の乱よね」
 と、ふたり仲良く合唱する。
「2万の兵力どうしの大戦(おおいくさ)や。そやねんけど、大河ドラマでは一度もやったことがあらへんので、知っとっての人は少ない」
「あら、やってないんだ……?」
関ヶ原は武将の戦いやけど、こっちは天皇さんどうしのガチの戦いやからドラマ化は無理……」
「ところで土門くん、忌部は、どちらに味方していたと思う?」
「そらあ、勝ったほうちゃうのん」
「それは結果論よね。実際、大海人皇子(おおあまのおうじ)、後の天武天皇の味方をしていたのね。これには、知られざる証拠があるのよ」
「へー、どんなやつやあ?」
「土門くんの便利地図とは違って、きちんとした証拠よ!」
「そ、それはそれは……」

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                         さらにつづく

まな美と土門くんが喋る〝忌部帝国〟の実像

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「これまでの話をふまえて、地図をあらたに作ったぞう。古代の南武蔵の中心街は、橘花(たちばな)の屯倉(みやけ)で、数キロ南には〝南斗〟のお祭り会場があって、すぐ酔っぱらいにいけるという楽園や」
「あら、下総国(しもふさのくに)の国庁跡も描いてくれたのね」
「意外なとこにあると姫が言うとったから、調べてみたら、ほんまに意外なとこにあった」
「忌部の湊・鷲(おおとり)神社のわきを隅田川が流れているでしょう。そこを越えて東は、現在は東京都葛飾区だけれど、古代では、そこは下総国だったのね」
 ――葛飾区の南は江東区だが江戸時代以降の埋め立て地で古代には存在しない。こちらの地図を参照
「ふーてんの寅さんは江戸っ子やろか」
 土門くんは、ぼそっと呟いてから、
「ほな、だいたいそのあたりが古代武蔵に君臨しとった〝忌部帝国〟の東の端っこ、いう感じやろな」
「ところで、忌部帝国って名前にするの?」
「忌部王国いう感じするか? 王様は見当たらへんぞう」
「帝国って、どこか悪いイメージがしない?」
「そやったらローマ帝国大英帝国は悪者(わるもん)なんか? それはスターウォーズの帝国軍の影響や。だん、だん、だん、だーだだん、だーだだん……♪」
 と、土門くんはダース・ベイダーのテーマ曲を口ずさむ。
「あら、きっとそうね」
 まな美は妙に納得してから、
「鷲神社から北へいくと越谷市があるでしょう。浄山寺(じょうさんじ)が建っている場所よね」
「お地蔵さんがおってのところや」
「その浄山寺の近くにも、小さな久伊豆(ひさいず)神社があったので、だからこのあたりが東の端っこよね。さらに北上していくと利根川に当たって、古代では古(こ)利根川だけれど、これが忌部帝国の北の端っこよね」
「西の端っこは、どのへんや?」
「北武蔵は、この地図の左端までぐらいは入ると思うけれど、南武蔵は、府中の大國魂神社をこえて西側には、杉山神社は無いのね……」
「八王子という、いかにも関係ありそうな地名があるやんか?」
「それは保留ね、北斗七星や忌部と関係するかどうかは、真剣に考察してみないと」
「そやったら、南の端っこは?」
横浜市に有名な星川・杉山神社があって、杉山神社の分布的には、そのあたりが南限なのね。けれど、やはり杉山神社がある町田市からは、南へ流れている川があって、境川(さかいがわ)と呼ばれるそこそこ大きな河川で、それが江の島まで通じているのね」
「お、江の島へ行けるんかあ、南斗の候補地のひとつやんか」
「途中に山や沼はないし、比較的平坦な台地が続いていて、土地として有効利用できそうな感じはするんだけれど、杉山神社の分布からいくと、横浜市あたりで左右にスパっと線を引いて南限だとしておくのも手だと思うわ」
「もうそのへんは誤差の内やぞう。ほなざっとでいくと、南北80キロ・東西50キロが、晴れて忌部帝国の領土となったわけや。北武蔵と南武蔵に挟まれとった出雲族が、ついに根負けしてしもて裏にひっくり返ったせいで」
「それはオセロね」
 まな美は、なおも呟いている。
「忌部が北武蔵へ入植したんは、ざっと450年ごろやろう。そのときに契約の神殿を70キロも離して建てとおんやけど、そっからちょうど200年後の、650年に、忌部の野望は叶えられたわけやな。まあなんと気の長い話やろう」
出雲族は、入間川への入植を斡旋された時点で、忌部帝国の準構成メンバーだった可能性が考えられるわよね」
「準構成員やな」
「その員という言い回しは使えない慣例なの!」
 と、まな美は台バンする。
「そやそや、倭(やまと)王国の地図もあらたに作ったんやで。おなじく600年代、そっちはそっちで何をやっとったかが即わかるという便利地図やあ」
「期待しているわ……」

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                         さらにつづく

まな美と土門くんが喋る〝天円地方〟というまやかし

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 「この案内板を見とったら、答が浮かんできたぞう」
 土門くんは、何事もなかったかのように話を戻していう。
「これは単純に2つの形を合体させとうねん。四角と、そして丸を。四角は、すなわち出雲族を象徴しとって、四隅突出型墳丘墓やら方墳やら、出雲族といえば四角が大好きやったからな。そして丸は、丸墓山古墳の丸や。天太玉命の玉でもあって、すなわち忌部を象徴しとって、ふたつの一族が合体したぞう、とそんな意味が込められとったわけや」
 まな美は、うんうん、と大きくうなずきながら、
「わたしも、まったく同意見ね。けれど、高名な学者先生たちはこぞって、別の説をおっしゃると思うわ」
「ええ? どんな説をや?」
「天円地方(てんえんちほう)という説ね」
「田園地方?……のどかやなあ」
「デじゃなくてテ、濁らないの」
 まな美は念押していってから、
「天は円形で、地は方形、つまり四角であるという古代中国の世界観ね。北京の紫禁城の近くには、円形の天檀と四角い地檀の建物があるそうよ。これは15世紀だけれど、古くは銅鏡の文様などにもあって、専門的には……方格規矩四神鏡(ほうかくきくししんきょう)と呼んだはずよね」
「それどんな字を書くんや? 全然浮かばへんぞう」
「たしか……あの鏡の本の中に、解説があったと思うわ」
 炬燵の天板や炬燵脇には参考書がどっと積まれている。
「あの小っこい本やな……」
 土門くんは素早く見つけ出して、ぱらぱらと頁をめくる。

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  ――著者が女性のせいかタイトルが柔(やわ)だが、れっきとした考古学の専門書で歴史部御用達の一冊だ。
「あったぞう。どれどれ……紐(ちゅう)座を取り巻く方格には十二支の文字がめぐり、その周囲に『規(き)』つまりコンパスと『矩(く)』すなわち曲尺(かねじゃく)もしくは差し金(さしがね)にたとえられる幾何学的な文様があり、その間に『四神』と呼ぶ霊獣があらわされているため〝方格規矩四神鏡〟と呼ばれる。円鏡の中央の方格は、丸い天の中央にある四角い大地をあらわすものとなる……そうやけど、読んでも今一わからへんぞう」
「写真が出ていなかったかしら?」
「お、あるある、つぎのページや」

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「北を上にするというのは西洋の地図で、中国では逆ね。南が上よ。だから四神の配置も違っているのね」
「あ、ほんまや」
「よく知られるのは三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)でしょう。これは何千枚も出土していて、それより一世代前の鏡が、この格規矩四神鏡なのね。土門くん、福岡県の平原(ひらばる)遺跡って知ってる? 一箇所から40面もの銅鏡が出土した……」
「知っとう知っとう。しかも奇妙なことにその鏡は全部割られとったという、いわくつきの遺跡やんか。自分が思うに、あれは呪いか、もしくは呪い返しみたいなもんに違いあらへん」
「そういう事だけは覚えているのよね」
 まな美は、いやみっぽくいってから、
「そこから出土した銅鏡は、八割方が、この方格規矩四神鏡だったのよ。すべて中国製の鏡で、しかも弥生時代末期の遺跡だから、天円地方という考え方も、同時期に日本にもたらされていたはず。そして古墳時代になって、その天円地方に基づいて古墳を、すなわち前方後円墳が造られたに違いない、と高名な学者先生たちはそう考えられたわけね」
前方後円墳の写真は前に作ったぞう、ほな、でででで~んと三枚ほど」

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 「仁徳天皇陵応神天皇陵のような巨大古墳なら、天円地方の丸と四角の組み合わせだと、いえなくもなくはないようなんだけれど」
 まな美は、土門くんの口調を真似ていってから、
「最初期の箸墓は、明らかに違うでしょう?」
「どう見たって四角ではあらへんな。丸を、尖った何かで突き刺しとうような感じがするぞう」
 ――道教を基にすると、まさにそういった考え方になるだろう。
「それに天円地方の方って、鏡の文様からも分かるように、真四角なのね。紫禁城の地檀も同じく真四角なのよ。歪んでいても方だと、いったいどなたが言い出されたのかしら……」
 まな美は、しおらしく嘯いてから、
「そして、問題の〝上円下方噴〟よね。これは真四角でしょう。だからここぞとばかりに、これこそが天円地方だと言い張る学者先生がおられるわけよ」
「もう馬鹿のひとつ覚えやなあ」
 土門くんが口さがなくいったので、
「賢い人ほど、ひとつの考え方にはまってしまうと、抜け出せなくなるのかもしれないわね」
 まな美はフォローしてから、
「そもそも忌部が創り出すものって、その種の理屈をこねくりまわしたりはしないのよ」
「こ、こねくりまわすとは、姫らしからぬお言葉を……」
「いいのよ!……」
 と、まな美はひと睨みしてから、
「忌部が創り出すものって、すべて直感的なのよ。見る人が見ればすぐ分かるものなのね」
「言われてみればそうやな。台地を削って川をつないで天の川にみたてて星川と名づけとったし」
「北斗七星そのままに地上に古墳を配して、二重星のところは同一の周濠でぐるりを囲んでるでしょう」
「丸墓山古墳の前に小さな円墳を造って、前玉(まえたま)と名づけとったし」
「でもそれは、中国の星図・星官では太陽守を意味し、天帝の宮殿の門を守備するためのものよね」
「そやそや、紫微左垣(しびさえん)と紫微右垣(しびうえん)の星も古墳で造っとった。まあ何と凝り性なことで……」
「でも分析していけば自動的に分かるもので、理屈じゃないのよね」
「……理屈じゃないのよ涙は、あはん……♪」
 土門くんは、何やらあやしげな歌を口ずさんでから、
「ほな、我が栄光と伝統ある歴史部としてはやな」
 ――歴史部は(そして仇敵の生物部も)私立M高校創立以来からある最古の部活なのだ。
「天円地方という説は、こと日本の古墳に関しては却下!……ということでええな」
「大賛成!……」 

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                         さらにつづく

まな美と土門くんが喋る〝生出塚埴輪〟の秘密

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「この案内板を、しばらくじーと眺めとったら答が浮かんできたぞう。そやけど、こんな単純な答でええんやろか?」
「おそらく、それで合っていると思うわ」
「そやったら答合わせをする前に、買え~買え~と忌部が押し売りしとった生出塚(おいねづか)埴輪の写真を、一挙に、でで~んと」
「何をいまさら、みんなで一緒に観にいったじゃない、鴻巣市の文化センターまで」
「姫の話を聞いとったら、ちょっとひらめいた事があんねん・・・・・」

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 「・・・・・鉄分の多い土を使ことったらから赤茶けた色になる、いうんが生出塚埴輪窯の特徴やそうや。そやけどこの写真を見ると、色にばらつきがあるやんか。とくに濃いい色のやつは、備前焼田圃の底土なんかに雰囲気が近い」
 土門くん家(ち)は骨董店を営んでいるので、その種の事には造詣が深い。
「これはわざとに、使い分けしとったんちゃうやろかと自分はひらめいたわけや」
「使い分け……?」
「人種がちごとうやんか。三嶋大明神一族は南東語族人で肌の色が濃い。それを表すためにや。この写真の右端なんか、いかにもそんな感じがするぞう」
「土門くん、それは凄い斬新な発想よね、ちょっと見直したわ」
「実は……実はさらにひらめいたんやけど、これは話すと炎上しそうや」
 土門くんは、声をひそめぎみにしていう。
「それは聞き捨てならないわね」
「三嶋一族を作ったとすると、出雲族のも作ったんとちゃうやろか。買え~買え~と一方的に押し売りすんのは商売人としては失格や。お客さんにも媚を売っとかへんとな。たとえばこの写真や。ここには、倭人(やまとびと)、三嶋一族、そして出雲族が表されとうと思うんやけど、どないやろか?」
「ど、土門くん! その種の話は御法度なのよ!……」
 と、まな美は台バンする。

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                         さらにつづく

まな美と土門くんが喋る 『神神の契約』 ver.2

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「ほな姫、『神神の契約』ばーじょん2を、どぞ」
 仕切り直して、土門くんがいった。
「本編の『神神の契約』には確固たる証拠があったでしょう。神社の名称などに。こちらの契約にも証拠は揃っていて、それも複数あって、古墳、神社、そして古い文献などにもね」
「その古い文献いうんはなんや? 『古事記』かあ?」
「図星よ。前玉神社の祭神の前玉比売(さきたまひめ)って、堂々『古事記』に登場してきていて、結婚するのね。そのお相手は誰あろう……」
 まな美は、最大限ほのめかしていってから、
「この件はあとで説明するとして、まずは古墳の話からね」
「そ、そんな蛇の生殺しみたいなあ!……」
 土門くんは炬燵の中でじたばた暴れているが、
「一般的にいって」
 と、まな美はおかまいなしに喋る。
「ある地方の国が〝前方後円墳〟を造り始めたとしたら、それが意味するところは何かしら? 土門くん?」
「倭に恭順の意を示したわけや、軍門に下ったことを意味する」
「そうよね。けれど、これは前方後円墳だけに限った話ではないわよね。別の古墳形式にだって、同じことが言えそうだと思わない?」
「あ!……なあるほど」
 土門くんは早見えしてうなずくと、その別の古墳形式をパソコン画面に表示させた。

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「これや!……この上円下方噴は、忌部が突如として造り出した真新しい形式の古墳で、年代は……もう面倒臭いから断定的にいうけど、650年や。そして660年に同じ古墳をもう1個つくって、たしか天文台構内古墳で、それを大國魂神社の右と左に配置した。とはいうても、大國魂神社はまだあらへんかったんで、北の女神様や。そうこうしとったら、680年頃、何十キロも離れた入間川沿いに、同じ形式の上円下方噴がで~んと造られたわけや。それが山王塚古墳やねんけど、このへん一帯は氷川神社群で元来出雲族の土地やんか。ということはつまり、出雲族が忌部の軍門に下ったことを意味する。姫の言いたいことはこういうことやな」
 まな美は、うなずいている。
「なんかげーむあったやんか。北武蔵と南武蔵にはさまれとって、埴輪を買え~埴輪を買え~と何かにつけて干渉されて、もう根負けしてしてしもて裏にひっくり返って同じ色になんねん」
「それはオセロね」
 まな美は涼しい声でいうと、写真を指さしながら、
「この上円下方噴の形、この形にこそ意味があったのよ」
「形……?」 

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                         さらにつづく

                         

天目マサトからの桜便り〝丸墓山古墳〟

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「そやそや、天目(あまのめ)からめーるが届いとったぞう」
「何かしら?」
「今は桑名で、竜蔵(じい)と元気に暮らしてます、いうとうで」
「この週末だけの里帰りじゃなかったの? 書いてるわけないでしょう!」
「それに写真が添付されとった、ほな、でで~んと」

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「あら、桜の写真じゃない。丸墓山古墳の」
「枝がくね~と曲がっとって上手に描けとうやんか。浮世絵を真似たんやな」
「これは写真!」
「えーなになに……絵葉書にあれんじしたそうや。れとろでびびっとな昭和の絵葉書風に」
「そんなこと本当に書かれてるの?」
 まな美は、パソコンの画面をのぞき込みながら、
「……絵葉書サイズにトリミングしました。としか書かれてないじゃない!」
「おっ、ぺんぺん草かと思とったら天目の水印(サイン)が入っとうぞう、すみっこに」
「誰かさんとは違って、奥ゆかしいのよ」
 と、まな美は囁いている。
「ほな自分も、これを桜便りに使わしてもらおう、あの娘(こ)とあの娘とあの娘と……」
 土門くんは、長い指を折って数えている。

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                         さらにつづく

まな美と土門くんが喋る〝出雲の国引き神話〟

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「忌部は、川の地図を作っていたと思うのよ。多摩川に入植した彼らが何もせずに手をこまねいていた、てことはないわよね。先遣隊を、つぎつぎに派遣していたはずなのよ」
「おっ、まさに川口探検隊やんか!……ゆけ~ゆけ~、川口探検隊はゆく~♪」
 土門くんは何やら唄っている。

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「このような地図を眺めながら、つぎはどこに入植しようかしら。あるいは、旧知のどの一族をどこに入植させようかしら、そんな思いを巡らしていたと想像できるわよね」
「こないな古地図が発掘されたら、えらい騒ぎになるぞう」
「あの丸墓山古墳の中に隠されていると思うわ」
 ――ちなみに、日本最古は東大寺荘園絵図で700年代。中国最古は銅板製の陵墓の平面図で紀元前300年頃。世界最古はメソポタミアの都市ニップールの粘土板地図で紀元前1500年頃(写真参照)。

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 「実はね、ひらめいた事があるのよ」
 あらたまった口調で、まな美はいう。
「神神の契約を、もうひとつ見つけたのね」
「別のやつなんか?」
「そう」
 まな美は、軽くうなずいてから、
「けれど、土門くんが見つけたのに比べると、インパクトには欠けるわよね」
「ふ、ふ、ふ、ふ……なんちゅうても、異国の大神様が相手やからな」
 土門くんは炬燵に手と足を突っ込みながら、ゆらゆらと巨体を揺らしている。
「でもこちらも、準異国の神様とはいえそうよ」
「そのじゅんいうんは何や? 芳醇の醇か?」
「そんな漢字が付くわけがないでしょ!」
 と、まな美は台バンする(机を手でバンバン叩くことをいう最近のゲーム用語)。
「それに話の流れからもう分かると思うけれど、相手は出雲族の神様ね。この出雲地方って、方言がすごく特殊なのよ。出雲弁だけれど、専門的には雲伯(うんぱく)方言と呼ぶそうで、いわゆるズーズー弁なのね」
「なんかそれ、聞いたことあんなあ……」
「出雲には、独特の〝国引き神話〟があったでしょう」
「それは前に作ったぞう。これは小さめでええな、でで~んと」 

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 「あるとき、出雲国がせますぎると感じた八束水臣津野(やつかみずおみつぬ)という神様が、土地を継ぎ足すことを思いついたのね。大山と三瓶山を杭にして、そこに綱をかけて、国来~国来~、と引っ張ってきたのが現在の島根半島だという神話よね」
「せますぎる出雲国いうんは、あそこちゃうのん? 伯耆国の妻木晩田(むきばんだ)遺跡」
「そうよ。だから国引き神話の古里ですよってロビー活動をすれば、勝てるのに……」
 まな美は、なおも判官贔屓をしていってから、
「この国引き神話で引っ張ってきた土地、それに妻木晩田遺跡を加えた地域のみが、ズーズー弁の雲伯方言で、三瓶山より西、あるいは大山より東は、もう別の言葉なのね。……土門くん、たとえばこの出雲弁は、何を言っているか分かる? ぞんぞがさばる」
「ええ?……」
「ぞんぞがさばる」
 まな美は再度いってから、
「これで、寒気がする、て意味らしいわよ」
「それはもう通訳が必要や。姫が言わんとすることは重々わかった。出雲は準異国と認めよう」 

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                         さらにつづく

まな美と土門くんが喋る〝出雲族〟入植の秘話

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「これまでの情報を整理するから、簡潔に答えてね」
 と、まな美は土門くんに釘を刺してから、
「出雲が倭(やまと)に恭順の意を示したのは、いつ?」
「最初の前方後円墳を造った、つまり400年ごろや」
「武蔵の入間川(いるまがわ)沿いに最初の古墳が造られたのは、いつ?」
「たしか……400年ごろ、もしくは300年代末あたりや」
「出雲で、前方後円墳の直前に造っていた古墳の形式は、何?」
「方墳や、四角い古墳」
入間川沿いの最古の古墳は三変(さんぺん)稲荷神社古墳だけど、その形式は何?」
「え~こっちも方墳やったんとちゃうやろか」
「そう。これですべて辻褄は合うでしょう」
「なるほど……倭に恭順の意を示して、つまり倭の一員になったんで、晴れて東国への入植が許されたいうわけやなあ」
「まあ、そうなるわね」
「じゃあ許可したんは忌部なんか?」
「年代的にいって、忌部すなわち倭、ではなくなってきていたはずなので、旧知の仲だった出雲族に、当時は未開だった東国への入植を勧めて、その手引きをした、て感じでしょうかね」
「自分、今ええ言葉を思いついたぞう」
「なに?」
土地ぶろーかーや。ええ土地ありまっせ~いうて都会人をだまくらかしてど田舎の不便な土地を高値で売りつけんねん」
 土門くんはひと口言葉のように早口でいって、まな美は笑いながら、
「それって、当たらずといえども遠からずなのよね」
「ええ? こんな思いつきの発想で合うとんかあ?……」
「古代の入間川沿いって、もう1、2を争うほどに悪い土地だったので」
「わ、悪い土地やったんか!……」

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「とはいっても、忌部が先行して入植した多摩川沿いの武蔵野台地を別にすれば、関東平野には良い土地がほとんど無かったのよ。とくに氷川神社のあたりはひどくって、見沼(みぬま)と呼ばれていた沼だらけの場所で、浮島のようなのをやっと見つけて、そこに神社を建てていたのね」
「場景が浮かぶぞう……それに入間川流域は、小さな古墳だらけやったやんか。日々生活すんのも大変やったのに、忌部からは、埴輪を買え~埴輪を買え~とせっつかれて、あくどい土地ぶろーかーに、もう骨の髄までしゃぶられとったいう感じや」
「そ、そこまでひどくはないわ!……」

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                         さらにつづく