【神神の契約】釈 

西風隆介による公式の謎本  

まな美と土門くんが喋る〝忌部〟のルーツ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「なんだか、話すのとっても久しぶり、て感じがする」
「自分も十年ぐらい冬眠しとったような気が、せーへんこともないこともあらへんぞう」

  麻生まな美と土門くん(土門巌)は、私立M高校の二年生で歴史部員である。ふたりは鎮守の森の屋敷の「第二部室」の炬燵に足を突っ込んで話している。

「さきたま古墳群は北極星と北斗七星だ、と言い出したのは、そもそも土門くんだったわよね」
二重星のミザール、いわざるきかざるぅ!……」
 懐かしい与太を土門くんは口ずさんでから、
「〝〟の神社はあやしい、と見抜いたんは姫やろ、さすが漢字の神さまや」
 あれこれあって、まな美は「姫」と呼ばれているのだ。
「ほんでもって忌部にたどりついて、多摩川へ入植したことを突きとめた」
「そう思って考えてみると、ふたりが言ってた事って、合ってたのよね」
「世にも珍しや……だいたいどっちかが間違ごうとんのにな」
 と、土門くんは、まな美の方を指さす。巨大な手の長い人差し指で。
 まな美も、小さな手の中指と人差し指で負けじと応戦しながら、
「その忌部だけど、突然ひらめいて、あのように天空を模した巨大遺跡を造ったりは出来ないわよね。きっと古代からやっていたに違いないと調べていくと……」
「四国の阿波まで辿りつくんやろ、変な名前のやつや。おおとのじ、おおとのべぇ~」
 土門くんは、ことさら語尾を強調していった。
「それは町作りの拠点の方よね。南斗と北斗は、若杉山遺跡と萩原二号墓」
「そやそや、忌部は基準線を二本つくるんやったな。そやけど、あれはほんまに日本最古の神社なんか? おおとのじ、おおとのべぇ~は?」
「『古事記』原文七行目で語られているんだから、間違いないわ!」

 天地初發之時、於高天原成神名、天之御中主神訓高下天、云阿麻。下效此、次高御產巢日神、次神產巢日神。此三柱神者、並獨神成坐而、隱身也。
 次、國稚如浮脂而久羅下那州多陀用幣流之時流字以上十字以音、如葦牙、因萌騰之物而成神名、宇摩志阿斯訶備比古遲神此神名以音、次天之常立神。訓常云登許、訓立云多知。此二柱神亦、獨神成坐而、隱身也。
 上件五柱神者、別天神。
次成神名、國之常立神訓常立亦如上、次豐雲上野神。此二柱神亦、獨神成坐而、隱身也。
次成神名、宇比地邇上神、次妹須比智邇此二神名以音、次角杙神、次妹活杙神二柱、次意富斗能地神、次妹大斗乃辨此二神名亦以音、次於母陀流神、次妹阿夜上訶志古泥神此二神名皆以音、次伊邪那岐神、次妹伊邪那美神。此二神名亦以音如上。

 

「ちなみにイザナギイザナミが登場してくるのは、その次の行ね」
「ふ、ふ、ふ、ふ……ついに、ついに、あの憎っくき大神神社に引導を渡してやったぞう」
「浄山寺のお地蔵様も、さぞやお喜びだと思うわ」
 地蔵尊どちらが日本最古か論争で歴史部は浄山寺のそれに肩入れしていることもあって、法隆寺の国宝地蔵菩薩像は元来は大神神社にあったので、大神神社は一方的に歴史部からは仇敵扱いされているのだ。
「このふたり、なんで微妙に漢字ちがうん?」
「それはね、此の二神の名は音読みをしろ、とすぐ下に小文字の補足文があるでしょう。訓読みしろって箇所も他にあるわよ。つまり音読みしたさいに、間違いが生じないように、異なる万葉仮名をつけたんだと思うわ」
「へえ……念のいったことやなあ」
「だから意富斗乃と大斗能は一緒で、漢字そのものに意味はないのね。けど末尾の、これは意味深なのよ……」
 と、まな美は最大限謎めかしていった。
「じぃ~、べぇ~、どのへんが意味深なんや?」
「語尾がの男女の神様なんて、『古事記』と『日本書紀』で、これが唯一なのね」
「忌部に関係すんの、そんなんばっかしやんか」
「極端に古い一族だから、どうしてもそうなるの。そしてこのをたどっていくと……忌部のルーツが分かるかも、しれないのよ」
「忌部のるーつ、もう判明したんちゃうん? 第二代綏靖(すいぜい)天皇やいう噂が」
「それって、『魏志倭人伝』と『記紀』神話から導かれた話でしょう」

 

 卑彌呼以死 大作冢 徑百餘歩 狥葬者奴碑百餘人 更立男王 國中不服 更相誅殺 當時殺千餘人 復立卑彌呼宗女壹與年十三爲王 國中遂定(卑弥呼が死んだ。大きな塚をつくった。径は百余歩、殉教者は奴婢百余人。そして男王を立てたが、国中が服さない。互いに誅殺し合って、当時千余人を殺した。卑弥呼の宗女の壹與という十三歳の娘を王とすると、国中がついに平定した)。

 

卑弥呼が亡くなっておこる国の内乱は、神武天皇崩御直後の〝ミミの三兄弟〟の争いと符号するわよね。そして投馬国が阿波だとすると、忌部すなわち綏靖天皇だと自動的に推理できる。けど、萩原二号墓と若杉山遺跡の北斗・南斗って、卑弥呼が亡くなった247年より、古い遺跡なのよ。どう辻褄合わせるの?」
「そやったら、綏靖天皇が、北斗・南斗信仰やったんとちゃうん?」
「その信仰は、突如として、空からでも降ってきたのかしら?……」
「ほんじゃ親っさんが、北斗・南斗信仰やったんや!」
綏靖天皇の父親って、神武天皇よ」
「う~んほやったら、天孫降臨のころから、もいっそのこと天照(あまてらす)さんから、北斗・南斗信仰やったことにしたらええやんか」
 と、土門くんは投げ槍にいう。
「ほらね、もう収拾がつかなくなるでしょう。だから神話は神話、実話は実話と、別けて考えないと」
「ええ~どっちが実話でどっちが神話なんや? も古すぎてよう分からへんぞう」
綏靖天皇神武天皇は、神話。北斗・南斗と『魏志倭人伝』は、実話ね」
「なるほど、そういう分け方するんか」
「その実話の方の話なんだけど、このの語尾変化には、わたしちょっと心当たりがあるのよ」
「お、またしても漢字の神さま降臨かあ」
「このさい漢字は関係しないわ。随分前だけど、薬師如来真言(しんごん)を謎解きしたことがあったでしょう。オンコロコロセンダリマトウギソワカ、という呪文」
 まな美は、鈴の音(ね)のように声を作っていった。
「それ覚えとう覚えとう。そして円仁さんが、それを応用して摩多羅神の呪文を作ったんや」
「そのセンダリとマトウギだけど、これはインドの種族名の、女性を表しているのね。男性を表す場合には、センダラ、マトウガ、といったふうに語尾が変化するのよ」
「それ、そもそも何語なんや?」
サンスクリット語、もしくはパーリ語ね。仏教の経典に使われているインドの古代言語よ」
「せんだり~せんだら~まとうぎ~まとうが~おおとのじ~おおとのべぇ~」
 土門くんは、音符を奏でるようにしばらく呟いてから、
「微妙に違うやんか。あっちは、男があ~女がい~。こっちは、男がい~女がべぇ~」
「べぇー、じゃなくて、エ」
 まな美は、強く訂正してから、
「つまりインド由来ではない、ということが分かるわよね。でもインドのお隣って、中国じゃない。それに北斗・南斗信仰は明らかに中国の道教よね」
「姫。姫の論理が見えてきたぞう。ちなみに中国語は語尾変化すんのん? 男性女性で」
「現代の中国語は……しない」
「案の定や。つまり古代の中国語で、少数民族が使ことったような言葉で、おんなじように語尾変化するんを見つけ出したら、それすなわち忌部のるーつ、いうわけやなあ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・