【神神の契約】釈 

西風隆介による公式の謎本  

まな美と土門くんが喋る〝天円地方〟というまやかし

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 「この案内板を見とったら、答が浮かんできたぞう」
 土門くんは、何事もなかったかのように話を戻していう。
「これは単純に2つの形を合体させとうねん。四角と、そして丸を。四角は、すなわち出雲族を象徴しとって、四隅突出型墳丘墓やら方墳やら、出雲族といえば四角が大好きやったからな。そして丸は、丸墓山古墳の丸や。天太玉命の玉でもあって、すなわち忌部を象徴しとって、ふたつの一族が合体したぞう、とそんな意味が込められとったわけや」
 まな美は、うんうん、と大きくうなずきながら、
「わたしも、まったく同意見ね。けれど、高名な学者先生たちはこぞって、別の説をおっしゃると思うわ」
「ええ? どんな説をや?」
「天円地方(てんえんちほう)という説ね」
「田園地方?……のどかやなあ」
「デじゃなくてテ、濁らないの」
 まな美は念押していってから、
「天は円形で、地は方形、つまり四角であるという古代中国の世界観ね。北京の紫禁城の近くには、円形の天檀と四角い地檀の建物があるそうよ。これは15世紀だけれど、古くは銅鏡の文様などにもあって、専門的には……方格規矩四神鏡(ほうかくきくししんきょう)と呼んだはずよね」
「それどんな字を書くんや? 全然浮かばへんぞう」
「たしか……あの鏡の本の中に、解説があったと思うわ」
 炬燵の天板や炬燵脇には参考書がどっと積まれている。
「あの小っこい本やな……」
 土門くんは素早く見つけ出して、ぱらぱらと頁をめくる。

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  ――著者が女性のせいかタイトルが柔(やわ)だが、れっきとした考古学の専門書で歴史部御用達の一冊だ。
「あったぞう。どれどれ……紐(ちゅう)座を取り巻く方格には十二支の文字がめぐり、その周囲に『規(き)』つまりコンパスと『矩(く)』すなわち曲尺(かねじゃく)もしくは差し金(さしがね)にたとえられる幾何学的な文様があり、その間に『四神』と呼ぶ霊獣があらわされているため〝方格規矩四神鏡〟と呼ばれる。円鏡の中央の方格は、丸い天の中央にある四角い大地をあらわすものとなる……そうやけど、読んでも今一わからへんぞう」
「写真が出ていなかったかしら?」
「お、あるある、つぎのページや」

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「北を上にするというのは西洋の地図で、中国では逆ね。南が上よ。だから四神の配置も違っているのね」
「あ、ほんまや」
「よく知られるのは三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)でしょう。これは何千枚も出土していて、それより一世代前の鏡が、この格規矩四神鏡なのね。土門くん、福岡県の平原(ひらばる)遺跡って知ってる? 一箇所から40面もの銅鏡が出土した……」
「知っとう知っとう。しかも奇妙なことにその鏡は全部割られとったという、いわくつきの遺跡やんか。自分が思うに、あれは呪いか、もしくは呪い返しみたいなもんに違いあらへん」
「そういう事だけは覚えているのよね」
 まな美は、いやみっぽくいってから、
「そこから出土した銅鏡は、八割方が、この方格規矩四神鏡だったのよ。すべて中国製の鏡で、しかも弥生時代末期の遺跡だから、天円地方という考え方も、同時期に日本にもたらされていたはず。そして古墳時代になって、その天円地方に基づいて古墳を、すなわち前方後円墳が造られたに違いない、と高名な学者先生たちはそう考えられたわけね」
前方後円墳の写真は前に作ったぞう、ほな、でででで~んと三枚ほど」

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 「仁徳天皇陵応神天皇陵のような巨大古墳なら、天円地方の丸と四角の組み合わせだと、いえなくもなくはないようなんだけれど」
 まな美は、土門くんの口調を真似ていってから、
「最初期の箸墓は、明らかに違うでしょう?」
「どう見たって四角ではあらへんな。丸を、尖った何かで突き刺しとうような感じがするぞう」
 ――道教を基にすると、まさにそういった考え方になるだろう。
「それに天円地方の方って、鏡の文様からも分かるように、真四角なのね。紫禁城の地檀も同じく真四角なのよ。歪んでいても方だと、いったいどなたが言い出されたのかしら……」
 まな美は、しおらしく嘯いてから、
「そして、問題の〝上円下方噴〟よね。これは真四角でしょう。だからここぞとばかりに、これこそが天円地方だと言い張る学者先生がおられるわけよ」
「もう馬鹿のひとつ覚えやなあ」
 土門くんが口さがなくいったので、
「賢い人ほど、ひとつの考え方にはまってしまうと、抜け出せなくなるのかもしれないわね」
 まな美はフォローしてから、
「そもそも忌部が創り出すものって、その種の理屈をこねくりまわしたりはしないのよ」
「こ、こねくりまわすとは、姫らしからぬお言葉を……」
「いいのよ!……」
 と、まな美はひと睨みしてから、
「忌部が創り出すものって、すべて直感的なのよ。見る人が見ればすぐ分かるものなのね」
「言われてみればそうやな。台地を削って川をつないで天の川にみたてて星川と名づけとったし」
「北斗七星そのままに地上に古墳を配して、二重星のところは同一の周濠でぐるりを囲んでるでしょう」
「丸墓山古墳の前に小さな円墳を造って、前玉(まえたま)と名づけとったし」
「でもそれは、中国の星図・星官では太陽守を意味し、天帝の宮殿の門を守備するためのものよね」
「そやそや、紫微左垣(しびさえん)と紫微右垣(しびうえん)の星も古墳で造っとった。まあ何と凝り性なことで……」
「でも分析していけば自動的に分かるもので、理屈じゃないのよね」
「……理屈じゃないのよ涙は、あはん……♪」
 土門くんは、何やらあやしげな歌を口ずさんでから、
「ほな、我が栄光と伝統ある歴史部としてはやな」
 ――歴史部は(そして仇敵の生物部も)私立M高校創立以来からある最古の部活なのだ。
「天円地方という説は、こと日本の古墳に関しては却下!……ということでええな」
「大賛成!……」 

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                         さらにつづく