【神神の契約】釈 

西風隆介による公式の謎本  

まな美と土門くんが喋る〝忌部置換の方程式〟

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 歴史部のパソコンから写真を選び出すと、まな美はこれが証拠だと提示した。
「どれどれ、七曜文の鞘尻(さやじり)金具と富本銭(ふほんせん)やんか……富本銭は、たしか飛鳥池工房遺跡からの出土やから、あの飛鳥やな」
「今より以降、必ず銅銭(あかがねのぜに)を用いよ、と『日本書紀』にあった銭貨で、これは天武天皇が作らせたものよ。つまり壬申の乱で勝利した大海人皇子ね」
「それは683年やろ。鞘尻金具は熊野神社古墳からの出土やから、650年より以前や。つまり忌部が、この文様を教えたいうわけやな、天武天皇に」
「文様だけじゃないわよ。天皇という称号は、この天武さんが初めて用いたのね。古代中国では、天空のある一点を中心に星々がぐるーと巡っているように見えることから、そこを北辰と呼んで宇宙の中心だと考えた。それを神格化したのが〝天皇大帝〟と呼ばれる道教の神様で、自身をそれに仮託したわけよね。けど称号だとか文様だとか、そういった表面的なことではなく、北辰信仰そのものを天武天皇が享受した、そこが重要なのよ」
「するとやな、忌部の信仰を天皇さんが受け入れはった、いうことか?」
「わたしはそう考えているわ。それに、北斗の神様を信仰したりすると、どこかしらに影響が出てきそうよね」
「あっ、お墓に!」
 まな美は、うなずいてから、
藤原京は、北斗信仰に基づいて作られていて、古墳も相応に配置されているのね」
「それも姫が発見したん?」
「残念ながら、これは昭和のころから研究されているわ。その藤原京を作れと命じたのは、ほかならぬ天武天皇よね。『古事記』や『日本書紀』の編纂も、命じたのは天武天皇ね」
天武天皇崩御は686年やねんから、それらは亡くなりはった後に完成したんやな」
 土門くんは、こと年代に関しては異様にシビアで、補足していった。
「新たに八色の姓(やくさのかばね)を制定したのも、天武天皇よね。それに右大臣や左大臣みたいな役職はいっさい置かず、要職はすべて身内の皇族だけで固めて、いわゆる皇親政治を始めたのも彼よね。もうありとあらゆることを刷新して、つまり信仰すらも変えてしまったわけよ。仏教ではなく神道でもない、別種のものにね」
「なるほど、それで北斗信仰を取り入れたいうわけか」
「でもね、歴史学者達は異口同音にこうおっしゃるわよ」
 と、まな美は怪談話のような、おどろおどろしい口調でいってから、
「当時、倭(やまと)の国と河内(かわち)の国には、秦氏東漢氏などの中国系の帰化人や、百済高句麗新羅などからの渡来人がたくさん居住していた。北斗信仰は彼らが持ち込んだに違いなく、天武天皇がそれを享受したのである……と」
「あ! それは嘘や」
「明らかに間違いよね。発見だとか発明だとか便利グッズなら、素直に受け入れるでしょうけど、北斗信仰は、どうみたって宗教よ。それも昨日今日日本に住み始めた異国人の宗教を、日本の大王様が、なぜ受け入れなきゃいけないのよ? そんなの筋が通らないじゃない! 仏教の享受だって国を二分するほどの戦争をやったんだから!」
 と、まな美は早口でまくしたてる。まさに口角泡を飛ばして。
「渡来人が~渡来人が~渡来人が~……」
 かたや土門くんは、何やら呪文らしきものを唱えている。
「確固たるバックボーンが忌部の側にあったからこそ、それは西暦200年代からの筋金入りの北斗信仰で、だから天武天皇はそれを受け入れたのね。それに忌部は、この当時はまだ祭祀系氏族の筆頭だったはずで、つまりそもそも、この種のことを天皇に進言する立場だったのよ」
「姫、おもろい法則をひとつ思いついたぞう」
「なに土門くん……?」
「従来古代史の説明では、渡来人が日本に持ち込んだ~、渡来人が教えた~、渡来人が~、いうたぐいの話がやたらと多いやんか。そやけど、この渡来人の部分を〝忌部〟に置き換えてみて、筋が通った場合は、そっちの方が正しいという法則や」
「あら、それは斬新ね……!」
「たとえばやな、日本に漢字を伝えたのは百済人もしくは新羅人で、5世紀に」
「それは嘘だと即答できるわ。百済新羅という国が存在する以前から、忌部は漢字を使えたはずよ」
「ふ、ふ、ふ、ふ……忌部置換の方程式と名づけよう」
「う~ん、けどそれはやだあ、土門くんが言うと別の漢字が浮かんでくるう」
「な、なんでやあ!……」

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                         さらにつづく