【神神の契約】釈 

西風隆介による公式の謎本  

まな美と土門くんが喋る『古事記』原文1行目〝天之御中主神〟

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「前玉比売が坐している前玉神社は、浅間塚古墳という円墳の上に建っていたわよね。すると、前玉比売のお父さんを、さきたま古墳群内の〝古墳〟であらわすとしたら、何になると思う?……」
「古墳であらわすとやな……前玉比売は小さな前玉(まえたま)におってやねんから、後ろ玉の巨大円墳、丸墓山古墳が父親になるんちゃうん」
「ふつうそう考えられるわよね。それらをふまえて『古事記』を最初から読んでいくと……」

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「あれ? さっきの系図に出とったんと、おんなじ名前の神さんがいてはってやけど……?」
「よく見てよ、同じじゃないわよ」
「……同じじゃないのよ涙は、あはん……♪」
 土門くんは妙な替え歌を口ずさんでから、
「え~こっちのは、あめのみなかぬしで、あっちのやつは、あめのみかぬし……ほんまや、一字ちごとうな」
「けど天之甕主(あめのみかぬし)をグーグル検索すると、真っ先に天之御中主(あめのみなかぬし)が出てきてしまうほどに、近似なのね。その天之御中主神は、漢字のとおりで、天の中心におられる神様ね。ところで、関東は全国でも有数の、北辰や妙見信仰の社寺が濃密に分布している地域として知られているわよね。代表的なのは、あの千葉神社で……」
「千葉県千葉市の千葉駅の近くにある千葉氏が作ったやつやあ」
 一口言葉のように土門くんはいう。
「その千葉神社の祭神は、この『古事記』冒頭にあった天之御中主神なのね。北辰や妙見信仰系の神社は、大半が祭神をこちらにするのね」
「やっぱり北極星を意味するわけか。天の中心にいてはっての神様やねんから当然やな……あれえ? 待てよ……」
 土門くんは何やら気づいたらしく、小首を、いや大首をかしげてから、
「丸墓山古墳は北極星を象徴しとうやろ。前玉比売の父親の天之甕主は、この丸墓山古墳やねんから、すなわち北極星になって、おんなじ神様になるやんか?」
「そう、同じ神様だったのね」
 まな美は、あっさり同意していった。
「ええ? そないに簡単に同一神とされても逆に困惑するぞう。それに『古事記』によるとやな、この三柱の神はみな独神(ひとりがみ)となりて身を隠したまひき、と書かれてるやんか。前玉比売みたいな娘がおってもええんか?」
「……と、思うでしょう」
 まな美は謎めかしていってから、
「独神というのは、この直後に語られるオオトノジ・オオトノベイザナギイザナミなどの夫婦(みょうと)神に対しての、対語なのよ。天之御中主神高御産巣日神神産巣日神の三柱は、造化(ぞうか)の三神と称されている特殊な神様で、けど高御産巣日神神産巣日神には子孫がいて、『古事記』にきちんと記されているのね・・・・・」

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「・・・・・天孫降臨する邇邇芸命(ににぎのみこと)って、アマテラスの孫よね。父親は天忍穗耳命(あめのおしほみみのみこと)で母親は萬幡豊秋津師比売(よろづはたとよあきつしひめ)。その比売の父親が高御産巣日神なので、つまり高御産巣日神の孫でもあったのよ。天の岩戸のシーンなどで活躍する思金(おもいかね)という神様がおられたでしょう。これも同じく高御産巣日神の子供で、萬幡豊秋津師比売のお兄さんだったのね」
「へ~……そないな系図になっとったんか」
葦原中国(あしはらなかつくに)の平定、つまり大国主命の国譲りの最初のころの話では、高御産巣日神みずからが息子の思金神などに、あれこれと指示を出しているわ。……かたや神産巣日神は、代表的な子供は少彦名命(すくなひこのみこと)で、ガガイモの実の小舟に乗って流れてきて、神産巣日神に命じられて、大国主命と兄弟のちぎりをかわして国作りを手伝うのよ。けど最後には粟の茎にのぼって、その茎にぴょーんとはじき飛ばされて、常世の国に帰ってしまうのね」
「ぴょ~んとはじき飛ばされる話は覚えとうぞう。一寸法師の原型やろ?」
 まな美は、笑顔でうなずいてから、
「この神産巣日神は出雲系の神々に助力し、先の高御産巣日神天孫系に助力する、そういった構図なのね。身を隠したまひき、とあるのは、記紀神話の初期には活躍されていたけれど今はお隠れになっている、そんな意味ね。造化三神高御産巣日神神産巣日神には、子孫たちや、その後の活動が記されてあったのに、天之御中主神に関しては、『古事記』『日本書紀』ともに名前だけで、子孫も事績も、いっさい何も語られていないのよ。それって、変だと思わない……?」
「ひょっとして、あった話を消されてしもとうわけか……」
「たぶんそうだと思うわ。消したのは彼奴等(あいつら)よね」
「そないなことをすんのは藤原氏以外あらへん」
 土門くんは、早々に結論をいってから、
「それはそうとしてやな、あっちの天之甕主神とこっちの天之御中主神が同一神やいう話は、姫独自の話なんか?」
「一応そうだけれど、たくさんの人が気づかれているはずよ。グーグルでいの一番に誤検索されるぐらいなんだから。けど誰もいわないわよね、そんな大それた事は。……天之甕主神に関しては、かの本居宣長が『古事記伝』で、こは何となき名なり、と述べたっきりで、なにかしら言及されている専門家はおられないはずよ。けど私たちは言えるのね。天之御中主神天之甕主神が同一神だと。だって丸墓山古墳が北極星だと、私たちは知っているから」
「なるほど、知っとうから言うてええわけやな、堂々と」
 土門くんは納得してから、
「そやけどこれ、『古事記』原文1行目の神様やんか!……」
「そうよ。『古事記』の一番最初に登場される神様ね」
「つ、ついこないだまでは『古事記』原文7行目の、おおとのじ・おおとのべ~で。あれでもえらい盛り上がったいうのに、ついに、ついに、『古事記』原文1行目に !!!……」
 土門くんは、遅ればせながら興奮していった。
「『古語拾遺』では、天太玉命高御産巣日神の孫とされているのね。つまり忌部は高御産巣日神系だと斎部広成は考えていたようだけれど、これは間違いよね。忌部は生粋の北斗信仰なので、天之御中主神系だと考えるのが妥当だわよね」
「我が栄光と伝統ある歴史部は、皇紀2681年本日今日、ついに、ついに、『古事記』原文1行目に到達したぞう !!!!!……」

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                         さらにつづく かもしれない