【神神の契約】釈 

西風隆介による公式の謎本  

まな美と土門くんが喋る「漢の長安城」の秘密(その2)

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「はーい、はーい」
 まな美が、盛んに手を挙げている。
「なんや? なんや?」
 土門くんは面倒臭そうにきく。
「もう疑問だらけだわよ。この土門くんの作った地図は」
「何が疑問なんやあ」
「まず劉邦の方は『お墓』なのに、どうして妻の呂后には『お』が付いてないのよ?」
「姫かて知っとうやろ? 呂后って、中国の三大悪女のひとりやねんぞう」
「まあ、少しぐらいは知っているけれど」
 と、まな美は口ごもる。
「他の妃やその子供たちを次々と殺していって、その残虐非道さは、うちらみたいな清き正しき青少年では、口に出しては決して言われへんような内容や」
「どこが清き正しきなのよ」
 まな美は、悪態をついてから、
「じゃあそれは許すとして。この二つのお墓が、斜めを向いているけれど、これは正しいの?」
「そや、これは地図そのまんまで、傾けたりしてへんぞう」
「それで辻褄は合うの?」
 土門くんは、ふ、ふ、ふ、ふ、と不敵に笑ってから、
「実はやな、この斜め向いとうお墓に関しては、秘密が隠されとったんや」
「何のことなのよ?」
「さきたま古墳群かて、斜め向いとったやんか。あれは辿っていくと、富士山の方に足を向けとったわけや。それと同んなじような話ちゃうやろか思て、線を引いてみたぞう・・・・・」

「15度ほど傾いとんねんな。それを北の方にどんどん延ばしていくと、30キロほど先に、突然山があんねん」
「とつぜんやま? それが山の名前?」
「ちがうわい! ずーっと平らやねんけど、突然高い山があんねんな。標高 1300 メーターを超えとって、六甲山よりも高いぞう」
「知らないわよ、そんな山」
 まな美は横を向いて小声でいう。
 土門くんは、ぎろっと睨んでから、
「そやけど、中国の地図は今いちよう分からへんねん。もちろんグーグル地図やねんけど、すとりーとびゅーなんかもあらへんし」
「それは無理だわ。写真を撮りながら車を走らせるなんて、中国で出来るわけがないし」
「スパイで監獄いきや。まあそんなこんなで、山の名前すらよう分からへんねん。なんとか山、いう表記が出てけーへんので、縮尺をどんどんどんどん上げていったら、山の頂上付近に、とある文字が現れたんや。それが《老庄》いうねん。老人の老に庄屋さんの庄・・・・・」

「老庄? なにかで聞いた記憶があるわね」
「これ中国語やねん」
 といってから、土門くんは笑う。
「それは絶対に間違いない」
 まな美も笑っている。
「中国語やから日本語に翻訳できんねんな。で日本語に訳してみると、老庄とは、すなわち《老荘》のことやて。荘は荘厳の荘」
「あ! それは老子荘子のことだわ」
「そういうことやねん。自分は詳しくあらへんねんけど、つまり道教の祖やろ。実在しとったかは不確かな、いわゆる仙人や」
老子はたぶんそうだけれど、荘子の方は実在よ。紀元前 300 年ごろの人で、《胡蝶の夢》といった説話で有名」
「あ、なんかそれ聞いたことあんなあ、漢字もおぼろげに浮かぶぞう」
荘子がある夜、自身が蝶になって飛びまわる夢を見たんですって。そして目が覚めて、今の自分は、蝶が見ている夢かもしれない、て思うのね」
「流行りの転生漫画の元ネタや」
 土門くんは皮肉っぽくいってから、
「関東の北にある日光山は、観音菩薩が住んどうことになっとって、そやから日光山を基点にして、お寺がいっぱい建っとうやんか。あんなんと同なじで、中国のここは、老子荘子が住んどっての聖山で、たぶんそんな伝承になっとって、そやからそっちの方を向くようにお墓を造った、いうんが真相やないやろか」
「すご~い!」
 まな美は小さく拍手してから、
「ところで、それは土門くん独自の説?」
「まあ一応そうやねんけど、誰ぞかんぞ知っとってなんちゃうやろか。自分これ見つけるのに30分もかからへんかったんで」
「さ! 30分?」
「お墓がいかにもわけありげに傾いとうやんか。こんなん見たら、地図に線を引きとうなるぞう、もうそういう思考が染みついとんねん」
 といって、土門くんは笑う。

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                         これはこれでつづく