【神神の契約】釈 

西風隆介による公式の謎本  

神社で柏手(かしわで)を打つな!

 小説『神の系譜』シリーズ中では、数え切れないほどの神社を訪れているが、登場人物の誰一人として「二礼二拍手一礼」などの作法はやったことがないのだ。
 天目マサトは自身が神なので他所の神様を拝むこと自体おかしいし、まな美は「二礼二拍手一礼」は伊勢神道系で明治以降に強要されたものだと知っているのでやらないし、土門くんは何かにつけて迎合する性格だから他の二人にあわせてやらないし、火鳥竜介は敬虔なる無神論者だからやるはずがないのであった。
 そして最近、こんな本を見つけたのだ。

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『神社で柏手を打つな!』日本のしきたりのウソ・ホント 島田裕巳著 2019年

 この本をぺらぺら~と読みすすめて真っ先に思ったことは、まあ何と文章が上手でクセがなく読みやすいことか(わたしのそれとは真反対でえらい違いだ)。Wikipediaで氏の項目を見てみると、2011年から2020年の十年間で約90冊もの本を書かれていて、文章は書けば書くほど上手くなるという法則があるにはあるが、驚愕の冊数だ。

 内容は、表題以外にも、「神社の参道は、中央は神の通るところなので、参拝者ははしっこを歩け」という怪しげなしきたりが、さももっともらしく吹聴されていると警笛を鳴らされている。こちらも至極当然で、こんなことを言い出したのは、どこのどいつだ! そもそも参道は人が参拝するさいに歩く道で、神様がのしのしと歩いてくるわけではないのだ。ぴゅーと空を飛んでくるのに決まってるじゃないか。降臨って言葉があるように。

 ところで、わたしは島田裕巳さんとは過去(大昔)に一度、対談させていただいたことがあるのだ。何の雑誌だったか思い出せない(書棚の奥に埋もれていて探し出せない)が、もちろんオウム事件以前の話である。
 当時、島田さんは大学の高名な助教授で、わたしは単なる超能力おたくだ。ブッキングした編集者の勇気は買うが、わたしとしては冷や汗もので、話もまったく弾まなかったことを覚えている。
 あれから約三十年たった。島田さんの専門である宗教学に関しては、わたしも少しばかりは知識が増えたことだろう。今、再度対談をさせていただければ、有意義な話が語りあえるのではないかと思うのだった。……

 

ユリ・ゲラーの真相

 真相、といえるほどご大層なものではない。感想、に近いだろうか。
 ゲラー氏とは過去何度か会っており、30数年前だが正式にインタビューしたこともあって、GORO(小学館)1989年10月12日号に記事が掲載されている。

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 記事のタイトルにあるように「Mr.マリックは手品師、ユリ・ゲラーは本物の超能力者」といった主旨の記事なので、そのてんはご了承を願いたい。そして滞在先のホテルを訪ねると写真のようなラフな格好でのお出迎えだ。

 彼の人となりを一言であらわすならば、「注意力散漫」系だろうか(もしくは、わざとにそのように振舞っているのかもしれないが)。

 椅子に腰をおろしてじっくり話を聞こう、そういったタイプではなく、ペダルをこいだり何やかやと部屋の中を始終せわしなく動き回っているのだ。話もあちこちにバンバン飛びまくるし(実は、このような彼の挙動不審ぶりが彼のトリックの伏線となっているわけだが・・・・・)。

 ユリ・ゲラーといえばスプーン曲げだ。これをやってもらわないわけにはいかない。だが我々もそれなりに知恵は絞っていて「超硬いヘンケルのスプーン」を持参していってのお願いだ。そして結果は記事の通りである。

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 目の前で硬いスプーンがみるみる曲がっていって一同驚愕 !! といったふうに記事は書かれている。実際、現場ではそのように見えた。だが現実は違うのだ。それは写真を注意深く見ていただければ分かるだろう。
 時系列的には ① → ② → ③ だが、①の時点ですでにスプーンは曲がっていて、①から③の間には変化は無いのだ。
 取材陣は総勢4人である。私、ライターさん、GOROの編集者兼通訳、そしてカメラマン。
 ユリ・ゲラーは私達3人に向けて演技をしており、カメラマンはやや別角度から撮影していたためタネが写ってしまっているのだ。
 曲がっているスプーンは③のように真横から見れば「曲がっている」と分かる。だが縦から見せられると判断しづらく、そしてスプーンの柄の尻尾が少しづつ持ち上がっていく、すると曲がっていくように見える、といったような演技をユリ・ゲラーはやってくれていたわけだ。

 じゃあ彼は、この超硬いヘンケルのスプーンをいつどこで曲げたのだろうか?

 それに関しては実は後日談があって、GOROのこの号が発売された後の話であるが。
 当時GOROで超能力関連の連載をやっていた私だが、私本人は記事は書いておらず、写真の選定などにも関与せず、現場でコメントを言うだけのご気楽な立場だったのだ(文筆家としては素人とみなされていたため文章はプロに一任、というのが真相だが)。だから雑誌が発売されて初めて、どんな内容になっているのかが分かるのだ。そして後日、このGOROの記事を肴にしながら関係者と酒を飲んでいたと想像していただこう。

 

「あれ? ①の写真を見ると、スプーンはすでに曲がってるじゃないか」と私。
「う~んそうも見えるけど、我々の目の前で、確かにスプーンは曲がっていった!」
「そう見えたことは見えたんだけどなあ」と私は自信喪失ぎみになっていう。「ところでさ、彼は、このスプーンを持ったまま奥の部屋にいったん入って行ったんだけど、覚えてる?」
「ええ? そんなことしたっけ?」
「絶対に入って行ったはず。そして大量に写真を持ち帰ってきて、テーブルの上に次々と広げはじめたじゃないか、トランプみたいに」
「ヨーロッパの写真だろ、観光名所をあちこち訪ねて誰それに会った、とかいう」
「そう。その写真のトランプをしばらく続けていると、突然思い出したかのように、ルックルックルック~と言い出して、やおらスプーン曲げを始めたわけさ」
「ええ? そんな段取りだったっけえ?」
 と、他のふたりは覚えてないと言い張るのであった(カメラマンには確認していない)。

 

 じゃあユリ・ゲラーは完全なペテン師なのかというと、一概にそうとも言い切れないので話はややこしい。数年前の記事だが、こんなのがある。

u-note.me

 同様の記事はライブドアニュースにも出ているが、これはCIAの極秘情報というわけではなく、超心理学の専門書をひもとけば過去に公開されている話なのだ。それに当時のスタンフォードの実験は、複数の超能力者でやっていて、野球でたとえると、ユリ・ゲラーは補欠クラスで、超人的なエースピッチャーが君臨しており、実験はそちらをメインにやっていたわけだ(インゴ・スワン)。ユリ・ゲラーは短期間でDFA戦力外通告)となっている。

 まあ結論としていうと、物理系の超能力者としてはペテン師。
 情報系の超能力者としては、B級、といったあたりが真相ではないだろうか。

NHKダークサイドミステリー「〝ヒトラーの予言者〟謎の霊能力者ハヌッセンの野望」とユリ・ゲラー

 数日前のことだが、正確には2021年7月15日(木曜日)放送のテレビ番組を観ていて、「あれ、これどこかで見た(読んだ)ぞ」と軽いデジャブに襲われた。
 心当たりを探してみると、ムーの今年の4月号に、こんなタイトルがあった。

 

 ヒトラーを操った知られざるナチスの超能力者エリック・ヤン・ハヌッセン 文=山口直樹

 

 これがつまりデジャブの正体だ。
 だがテレビ番組の中身は薄っぺらく、Wikipediaにもエリック・ヤン・ハヌッセンの解説があるのだが、それに毛の生えた程度であった。ムーの記事の方が数十倍濃密である。そして2ちゃんねる風に揶揄するとこうなる。

 

【急募】番組制作者【NHK
 Wikipediaを動画にするだけの簡単なお仕事です。

 

 さて、ここからが本題だが、さらに驚くべき事に、番組の冒頭、いきなりユリ・ゲラー(74歳)が登場してきて「新型コロナに苦しむ世界に向け、新たなパフォーマンス」とやらで、ワクチン注射をされながらスプーン曲げを演じて見せるではないか!

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 厳密にはスプーン曲げではなくスプーン切断だが、ネタの詳細はいまさら説明するまでもないだろう。「超能力のスーパースター今も健在。そして90年前――」とナレーションが入って、やおら本編が始まるのである。

 エリック・ヤン・ハヌッセンは奇術師(透視術や交霊会などを演じるインチキ霊能力者)として冨と名声を得て、ナチスにせっせと媚を売るが、あっさり殺されてしまうのだ。何を隠そう、彼はユダヤ人だったのである。

 ユリ・ゲラーは、正真正銘、テルアビル(イスラエル)生まれのユダヤ人である。

 ユダヤ人のエセ超能力者つながり、といった理屈で番組の冒頭に抜擢されたのだろうか。
 ナチスに殺されたユダヤ人のエセ超能力者を扱った番組にユリ・ゲラーの映像が使われていることを、ユリ・ゲラー本人はご存じなのだろうか? いずれにせよ、これは冷静に考えると目茶苦茶な番組構成で、ナチスに惨殺されるユダヤ人、エセ超能力者、二重三重にユリ・ゲラーの名誉を毀損していることになる。

 とくに「ナチスに惨殺されたユダヤ人」のエピソードに現在活動している特定のユダヤ人(ユリ・ゲラー)をなぞらえるというのは、放送倫理に明らかに抵触するだろう。国際紛争すら起こりえ、NHKの能天気ぶりには呆れるばかりだ。

 このユリ・ゲラーのパフォーマンスそのものは今年の正月にTBSニュース日テレNEWS24などで放映されたそれで、それをNHKがパクってきて番組の冒頭にくっつけているのだ(もちろん出演料等は支払われているはずだが)。

 なお、このとち狂った番組は7月20日(火)午後11:45に再放送されるそうで、とくとご覧あれ。

 

まな美と土門くんが喋る「偽(にせ)鷲神社」の総本山

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藤原秀郷(ひでさと)は、一般的には、あの〝平将門の乱〟を鎮めた武将として知られているわよね」
「それは天慶3年、940年の話やあ」
「秀郷は、生まれは京だったらしいんだけれど、比較的若くして下野国にやって来て役所づとめをしていたのね。とはいっても、秀郷の父親の藤原村雄(むらお)は、下野の国司で、祖父の藤原豊沢(とよさわ)は下野の押領使(おうりょうし)でと、代々下野に地盤があって、そこを継いだ豪族の首領(ボス)って感じよね」
「どこぞの国会議員とおんなじやあ」
 と土門くんは、小声で揶揄する。
「そして930年代の後半あたりに、押領使に任命されたのよね」
「警察署長みたいなもんやろ。そやけど、秀郷は勝手に戦こうて勝手に勝ってしもたんで、押領使という官職は後付けやいう説もあるぞう」
「彼はなぜ勝てたのかしら? 国府軍をつぎつぎに打ち破って東国八カ国を手中におさめ『新皇』を自称するほどに強かった平将門に?」
「それはやな……時の運や」
 面倒臭そうに土門くんは答える。一説には、不運にも流れ矢が将門の額をつらぬいて絶命したそうである。
「ともかくも、この功績で秀郷は大出世をとげて下野守に、つまり下野の国司になったのね。のみならず武蔵の国司も兼任して、さらには鎮守府将軍にまで叙せられるのよ。こちらは名誉職だけれど」
「将門にとってかわっただけやんか」
「朝廷には刃向かわない従順な将門ね。そしてふつう国司って、任期を終えると京に帰るんだけれど、秀郷は帰らずに下野に居ついてしまったのね。現在の佐野市あたりに城を構えて、地図でいくと⑦の近辺で、その秀郷の子孫たちが、いわゆる坂東武者の一大ファミリーを構築するわけよ・・・・」

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「・・・・自称・藤原秀郷の子孫というのもいたはずだけれど、すごい勢力でしょう。そんな秀衡が、みずから創建した神社がたくさんあって、その中で興味深いのを上に示したわ」
「⑬番の鷲神社、祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)になっとうけど、これは要するに大国主命やろ?」
「そうよ」
「そやったらこの鷲神社は、どないな伝承になっとんや?」
「そんなこと、わたしが知るはずないじゃない。秀衡が勝手に作っているんだから」
「そ、そんな無責任な……」
 ふたりして、しばし揉めてから、
この地図で分かるように、忌部の神々に囲まれていて藤原としては窒息するでしょう。だからといって、いかに国司といえども、忌部の神社を破却したり、祭神を変更したりはできないのね」
「神社には氏子がついとうから、戦争になるな」
 まな美はうなずいてから、
「けれども、神社を新しく作るんだったら支障はなく、とくに国司みたいな権力者だったら自由自在に作れたのよ。要するにこの鷲神社は、鷲宮や鷲子など、たくさんある〝鷲〟系神社の祭神を、あやふやにするために創建されているのよ」
「あやふやに?……」
「実際、鷲神社というのは関東一円にたくさんあって、たぶん百社ぐらいはあって、その大半が祭神は出雲族の神を置いてるのね。つまり秀衡の子孫たちが、坂東武者たちが、この鷲神社をあちこちに勧請しまくっているわけよ。そして結果、本来の鷲系神社の祭神、天日鷲命が駆逐されていってしまうのね」
「そやったら何かあ、この⑬番の鷲神社は、いうならば偽(にせ)鷲神社の総本山なんか?」
「まさにそう! わたしが調べたかぎりでは、鷲神社で、祭神が出雲系の神の最古の神社が、これよ!」
「ふむふむふむ……姫はつぎからつぎへと変なもんを発見するなあ」
 土門くんは、なかばあきれていった。

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                         さらにつづく

まな美と土門くんが喋る〝天日鷲命〟の真相

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「実はね、わたしも地図を作ったのよ。土門くんほどには凝ってないけれど」
「どんな地図やあ?」
「忌部って、どこにどんな神様を配するのか、役割をきちんと決めていたでしょう。そういった観点から、天日鷲命が祀られている神社、その個々の立地を調べてみたのよ。するともう一目瞭然なのね。どういった場所に天日鷲命は祀られていたのか、が」
「どれどれ……?」

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「……なるほど! 古代の津や! 舟着き場やなあ」
「山の頂上にあった鷲子山上神社を除いてはね。それに浅草の鷲(おおとり)神社、古代の湊で、あそこも祭神は天日鷲命だったでしょう」
「や~姫の地図は簡単でええなあ、5分で作れるぞう」
 土門くんは、ぼやいている。
「この発見を踏まえて、話を元に戻すわね・・・・・」 

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                         さらにつづく

まな美と土門くんが喋る「忌部の神々に窒息する藤原氏の国司」

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 「中臣鎌足は藤原姓をたまわって、子供の藤原不比等は、幸運にも壬申の乱のときには13歳だったので処刑を免れ、不比等の4人の子が南家・北家・式家・京家に分かれて増殖していき京の貴族社会を席巻していったわけよね。とくに藤原北家による他氏排斥は、事件として歴史に刻まれているぐらいで、その最初とされるのが承和(じょうわ)の変で、承和9年ね」
「842年やあ」
 と、土門くんが即答した。老舗骨董店の坊(ぼん)なので和暦⇔西暦の変換は幼少期から仕込まれている。
「次は応天門の変だけれど、大伴氏が完全に没落させられるのよね。これは貞観8年」
「866年やあ」
「次が阿衡(あこう)の紛議で、仁和4年ね」
「888年で覚えやすいぞう。ちなみに777年は宝亀8年やけど、これといって何もあらへん」
「次は昌泰(しょうたい)の変で、ご存じ、右大臣の菅原道真左大臣藤原時平の讒言によって太宰府に左遷されたのは、昌泰4年」
「それは901年や。そして延長(えんちょう)8年、930年には、清涼殿に雷が落っこちて藤原の貴族らが大勢亡くなりはって、その後も延々と道真の怨霊に祟られるんやあ」
 土門くんは、ことのほか嬉しそうにいう。
「そして最後が安和(あんな)の変で、左大臣源高明太宰府に左遷させられたのよね。これで藤原北家による他氏排斥が完了し、以降は摂政・関白が常置となって彼らが専横することになるのね」
「それは安和2年で、969年やあ」
「そんな最中(さなか)、他氏排斥がほぼ完了しかかっていた900年代の前半のころお話よ。仮にの話だけれど、この下野国に、国司として藤原の某(なにがし)の貴族が赴任してきたとするわよね。どんな感じがしたと思う?」
 と、パソコンに表示されている地図をさし示して、まな美はいった。
「それはもう……窒息するぞう !!!
「絶対に、窒息するわよね !! 周囲をぐるりと忌部の神々にとり囲まれていて、国衙の門には忌部の女神様が、南には忌部の大神様が鎮座されていたし」
「閉塞感たっぷりの地図を作ってくれという姫の要望通りに作ってみたんやけど、どうや?」
「よく出来ているわ……」
 まな美は、拍手して大喜びしながら、
藤原氏氏神が祀られた春日神社もあるにはあったんだけれど、古いそれは地図の外で、もう無いに等しいのね」
「さしもの藤原氏も、ここでは孤立無援やぞう」
「そして実際に、930年代、ここに国司として赴任してきた藤原北家の貴族がいたのね。それは誰あろう……藤原秀郷(ひでさと)よ」
「お! すごい有名人やんか! 別名を俵藤太(たわらのとうた)ゆうて、三上山(みかみやま)の大百足を退治をしはった勇猛果敢な武将や」
「それは伝説のお伽話で、実話の方ね・・・・・」

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                         さらにつづく

 

まな美と土門くんが喋る忌部の「北斗・南斗」信仰の名残

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「つ、ついに見つけたわよ! 土門くん!」
「なにをや姫ぇ~」
 まな美の興奮とは裏腹に、土門くんは脱力感満載だ。
「歴史改変の証拠よ! 忌部の足跡を消し去ろうとしていた実行犯を見つけたの! いわゆる黒幕ね!」
「黒幕? そんなんより幕の内弁当の方がええなあ」
 土門くんは意味不明のことをのたまふ。
「シャキっとしなさい! 三時のおやつまでもう少しなんだから」
 まな美は、台バンして叱ってから、
下野国鷲宮神社を調べていたのね。すると〝宮〟が付いていない〝鷲〟の神社を、いくつか見つけたの・・・・」

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「・・・・それが、この地図と説明ね」
「へ~……鷲の子と書いて、とりのこと読むんかあ」
「鷲子の神社は、祭神はすべて天日鷲命で、すなわち阿波忌部の祖神ね。とくに鷲子山上神社は有名で、ちょうど県境にある鷲子山(とりのこさん)の山頂に建てられ、参道の石段や社殿の真ん中を境界線が通っていて、左側が栃木県、右側が茨城県だそうよ」
「なっ、なんともはや……」
「それにフクロウの神社として知られていて、水掛けふくろうとか九星ふくろうとか十二支ふくろうとか、お願いふくろうもあって、境内のそこかしこにフクロウの像が立っているんですって」
「なんでふくろうなんやあ?」
「苦労が無いから、不苦労なんだそうよ。けどわたしが思うに、福禄寿(ふくろくじゅ)から来ているんだと思うわ」
七福神のかあ……あっ、それ南斗老人のことちゃうのん?」
 土門くんも気づいていった。
「そうなのよ、ここ鷲子山上神社には、忌部の北斗・南斗信仰の名残が、そこかしこに残っているのね」
「名残が……残っとうぞう」
 土門くんは、聞こえないぐらいの小声で揶揄する。
「この鷲子山上神社の例祭は、あの〝夜祭り〟で、創建以来の古儀を伝えるとされているわ」
「うちらみたいな清き正しき青少年にとっては内容は言えへんやつやな」
 ――『燃えよ剣』に書かれてあった〝くらやみ祭〟のことである。
「それも当然あったと思うけれど、ここの夜祭りの特徴は、古式ゆかしい神人共食(しんじんきょうしょく)にあるそうよ」
「……なんやそれ? 人食いの儀式か?」
「ちがうわよ。神と人とがお供え物を一緒に食べるという意味。……要するに、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎのことよ。そうすると南斗の神様は喜んでくれて、氏子たちの寿命を延ばしてくれ、それに南斗は神饌の中継地だから、お供え物は北斗にも届くというわけね。とかく学者さんたちは、小難しい言葉を使いたがるのよ」
 まな美は皮肉っぽくいって、土門くんは力なく苦笑している。
「ここの境内には〝三本杉社〟という小さな社があって、夜祭りは、その前でとりおこなわれるのね。これはつまり、阿波の南斗の若杉山遺跡や、南武蔵の南斗の杉山神社と同じものだと思うわ。忌部の北斗・南斗信仰の古(いにしえ)のものを、そのままそっくり移植していたのね」
「そやけどそれ、例によって誰も知らへんのやろ?」
「そうみたいね。わたしの調べた限りでは、誰も気づいてないわね。だって忌部が北斗・南斗信仰だったなんて、わたしたち以外誰も知らないんだから」
「それはそうとしてやな、地図の⑬番の鷲神社、祭神は秘密……いうんは何や?」
「それがキモなの。歴史改変の証拠なのね」
「え~……その歴史改変いうんはSF用語やぞう。タイムマシンで過去に戻って歴史を変えるみたいな。歴史修正主義とか言うから、歴史修正、もしくは歴史改竄とかがええんちゃう?」
「その歴史修正はよく使うけれど、歴史を正しくするという意味だから、誤用よね。それにわたし、改竄って言葉は、なんだか嫌いなのよ」
「まあ姫のその独特の漢字感覚は尊重するとしてやな、今地図を探しとったんやけど、どない探しても⑬番が見当たらへんやんか?……」
「そうなのよ。この地図には描けなかったのね。安房神社と重なってしまうのよ。だからもっと大きな縮尺の地図を作ってくれない。あれ? 小さな縮尺かしら?」
「言いたいことは分かる。そやけど前にも言うたように、地図描け~地図描け~とせっつかれても、そないに簡単には地図は作られへんのやあ」
 と、土門くんは弱々しく嘆くのだった。 

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                         つづく

下野国(栃木県)にもあった〝鷲宮神社〟

 先の神社分布図には描かれていないが(なぜプロットされてないのか半分謎だが)、実は、利根川を越えた北側にも〝鷲宮神社〟は分布しているのである。宗教法人登録された22社の内約6割が北武蔵(埼玉県)にあったが、残りの大半は、つまり下野国(栃木県)に分布しているのである。

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 では、その下野国にある鷲宮神社を見てみよう(以下は「kyonsight 栃木県の神社」を参考にいたしました)。

 ①下野国鷲宮神社栃木市都賀町家中)祭神は天日鷲(あめのひわし)琴平神社境内社としてある。
 ②鷲宮神社栃木市箱森町)祭神は天日鷲
 ③鷲宮神社下野市橋本)祭神は天日鷲命大化改新以前の創建と伝わる下野古社19社の一つだそうで、また琴平神社境内社としてある。
 ④鷲宮神社下野市東根)祭神は天日鷲命武夷鳥命。建久三年(1192年)創建。
 ⑤鷲宮神社 (真岡市鷲巣)祭神は武夷鳥命享保年間(1716~1736年)の建立で上総国(千葉県)飯野より鷲宮を勧請。
 ⑥鷲宮神社 (真岡市石島)祭神は天日鷲命
 ⑦鷲宮神社佐野市犬伏上町)祭神は天日鷲命
 ⑧鷲宮神社さくら市鷲宿)祭神は武夷鳥命伊弉諾尊伊弉冊尊

  離れた場所にある⑧と近代創建の⑤を除いては、祭神は〝天日鷲命〟で、これは言うまでもなく忌部五部神のひとり阿波忌部の祖神である。この地域で最古の鷲宮神社は③で、次に①が古いようだ。そしてともに忌部系神社には付きものの琴平神社があって、また小山安房神社(祭神は忌部祖神の天太玉命)も境内社琴平神社を有する。
 神社名に「鷲」が含まれれば、原則〝天日鷲命〟が祭神のはずなのだ。以前に大鷲神社についてご説明したが、大鳥信仰の伝承は「白鳥」であって「鷲」は関係しないし、同様に出雲族の神話にも「鷲」など登場してこないからだ。

 ここ下野国は、宮目神社⇔小山安房神社、再々説明してきた忌部の領土宣言をしめす北・南の神殿だが、これら中核神社が残っていて、つまり忌部の入植地であると明瞭に分かるので、周辺の衛星神社も、ぶれることなく鷲すなわち天日鷲命と祭神が定まったわけなのだろう。
 だが北武蔵はちがう。一見、ここが忌部の入植地だとは分からないのである。その最たる要因は、領土宣言の南の神殿を、あろうことか70キロも離れた彼の地(南武蔵)に建てているからだ。さきたま古墳群「北斗」に対して「南斗」も50キロ離れている。そんなの年代を経ると誰にも分からなくなってしまうのは必定だ!
 だから神社の祭神がぶれてしまい(不詳になってしまい)、玉敷神社や久伊豆神社の祭神は大己貴命に置き換えられ、鷲宮神社出雲族創建だと歴史が書き換えられてしまったわけだろう。
 これらは、いわば環境要因だが、実は積極要因ともいうべき、つまり歴史改竄を意図的にやられた痕跡が、その当事者が存在したようなのだ。
 いわゆる〝陰謀論〟だが、この種の話題は歴史部のふたりが詳しいので、ふたたび彼らの話に耳を傾けてみることにしよう。

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〝鷲宮神社〟の嘘

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 以前紹介した西角井正慶の神社分布図には、ver.2 と呼べるものが存在し、氷川神社香取神社久伊豆神社の3社に、あらたに〝鷲宮神社〟の群が加えられている。だが分かりづらいので、研究者がリライトされたそれを添付した。鷲宮神社は、久伊豆神社群に沿うように北側に分布しているのが分かるだろう。そして地図も、加筆した ver.2 を示そう。

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 『日本書紀』に記された笠原直使主(および金錯銘鉄剣の加差披余)に由来する「笠原」という地名は、実はもう一箇所あって、南埼玉郡宮代町笠原だ(地図の右下すみ)。東武動物公園の近隣で、ユニークな校舎で知られる笠原小学校や笠原沼などがある。だが、さきたま古墳群からは約25キロも離れており、古代の勢力範囲の広さがうかがい知れるだろう。

 さて、問題の鷲宮神社だが、全国で22社が宗教法人として登録されているそうで、その約六割が先の神社分布図のように北武蔵(埼玉県)に集中している。その本社と目されるのは地図にあらわした鷲宮神社で、東武伊勢崎線の駅名にもなっていて、両笠原村の中央、宮目神社の東7、8キロの場所にある。そういった立地から、この鷲宮の「鷲」は、当然ながら、あの〝鷲〟だろうな……などと勝手に想像しながら、鷲宮神社の公式ホームページをのぞいてみると、由緒には次のように記されてあった。 

 当神社は、出雲族の草創に係る関東最古といわれる大社である。
 神代の昔に、天穂日宮とその御子武夷鳥宮とが、昌彦・昌武父子外二十七人の部族等を率いて神崎神社(大己貴命)を建てて奉祀したのに始まり、次に天穂日宮の御霊徳を崇め、別宮を建てて奉祀した。この別宮が現在の本殿である。
 景行天皇の御世には、日本武尊が当神社の神威を崇め尊み、社殿の造営をし、併せて相殿に武夷鳥宮を奉祀した。 

 一般的に、お寺の縁起や由緒は史実に比較的忠実だが、神社のそれはファンタジー色が濃い。なので目くじらを立てて否定するのもどうかと思うが、ものには限度というものがあるのだ!
 いったい何を根拠に「関東最古の大社」などと宣っているのだろうか?
 この鷲宮神社は「式内社」ですら無いのだ。記紀国史にもいっさい記載は無いし、文献に登場するのは『吾妻鏡』が最初で、つまり鎌倉時代だ。それに高千穂じゃあるまいし、こんな辺鄙なド田舎に、そうそう有名神が降臨してきたりはしないのだ。
 それに仮にだ、古代、ここに出雲族がそういった神社を建てていたとして、そこへ日本武尊が訪ねてきたとしよう、どうなると考えているのだ?
 日本武尊が、なぜ出雲族が建てた神社などを崇め尊まねばならんのだ? 日本武尊が成敗していた相手は、おもに出雲族なのだ! 出会ったら即、首を刎ねられる対象だ。神社の由緒に自己矛盾を起こしているではないか!
 さらに幕末のころは、な、なんと、ここは「前玉神社」だと名告っていたそうである。埼玉郡式内社は、前玉神社、玉敷神社、宮目神社の3社しかないので、当時一番ボロっちかった(今でも弱小だが)さきたま古墳群の前玉神社に狙いを絞って「式内社」の栄誉をパクろうとしていたわけだ。そしてご多分にもれず、この鷲宮神社こそが「お酉様の本社」だと称して熊手を売っている。もう節操がないことこの上ない神社だが、今現在は埼玉県の初詣客、なんと第二位だそうである(一位は氷川神社)。神社の嘘にほいほい騙されて参拝にいく参詣客もどうかと思うが、ある意味ダさいたまを象徴する神社だといえそうである。

 筆者は根拠なく誹謗中傷しているわけではない。実は別の場所に、まともな鷲宮神社が存在するからだ。


                             つづく 

北武蔵(埼玉)の〝宮目神社〟と〝玉敷神社〟

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 西暦500年頃、北武蔵(埼玉)は日本で最大級の都市だったのだ。
 さきたま古墳群・小見真観寺古墳・真名板高山古墳の三角形は、倭国大和三山とほぼ同じスケールで、その国力は古墳からうかがい知ることができ、同時代の倭国のそれと比較して数段凌駕していたからだ(厳密にいうと小見真観寺古墳と真名板高山古墳は500年頃はまだ存在しない)。
 さきたま古墳群にある前方後円墳は、造出(つくりだし・墳丘に増設された出っ張り)および張出(はりだし・周濠の堤に設けられた出っ張り)を有し、これは最上位の古墳にのみ許された作りだ。しかも墳形は、右上のイラストを参照していただければ分かるが、大山古墳(仁徳天皇陵)を正確に模倣していたことが知られ、最初の稲荷山古墳は、大山古墳のジャスト4分の1のスケールなのだ。それすなわち、大王陵(天皇陵)の後継だと宣言していたわけであろう。それに忌部は、第二代綏靖天皇の子孫という特異な血筋であったことから鑑みると、この時期は京(みやこ)が遷都されてこちらにあった、といっても過言ではないのである。
 笠原村は、これは現在の行政区分(鴻巣市笠原)によるそれだが、生出塚埴輪窯(忌部のメイン工場)や宮目神社(忌部の中核神社)の位置からみても、古代はこのあたりが中心街であっただろうと想像される。

 「伊豆が久しい」こと久伊豆大明神が祀られている久伊豆神社の総本社である玉敷神社(ヒリ・モトゥ語のタマナ・シマナ=父親・母親に由来する)は、1574年、上杉謙信の武蔵出兵のおりに社殿や古文書類のすべてを焼失し、1627年、数百メートル南にあった宮目神社の境内地に再建された。親戚筋にあたる神社だと往時には伝承が残っていたのかもしれない。だがその後、庇(ひさし)を貸したら母屋を乗っとられ、玉敷神社になってしまったのだ(写真参照)。

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  摂社の宮目神社は、玉敷神社の社殿の裏(北)側に、こじんまりと置かれている。だが案内板に記されてあった内容は、特筆にあたいする。 

 一、御祭神  大宮能売神(おおみやのめのかみ)
 一、由緒   玉敷神社がこの地に遷座されるまでは、この社地の地主神として鎮座していたとされ、同名の「式内社」にも比定されている歴史のある古社である。
 一、御神徳  元来、家屋を守り、その安全平和を保つ神であるが、地主神という由緒から山王信仰の影響を受けて「山王様」と称され、この地の守り神として尊ばれた。 

 女神様なのに〝地主神〟とはこれいかに。
 古代は男が圧倒的に優位な世界だから、ふつうに考えると奇妙で、それに祭神の大宮能売は、そもそもは宮中女官で、天皇に側仕えする役目なのだ。だが『神神の契約』で解き明かしたように、この宮目神社は、忌部が領土宣言のために置く北の神殿なので、まさに地主の神となって、その種の伝承が近代まで色濃く残っていたのだろう。それを歪曲せず、そのまま案内板に記してくれていたので、こうやって謎が解けるわけだ。

 神楽殿は1836年の建立で、茅葺き屋根で風格があり、どこぞのそれはえらい違いだ。ここの神楽は江戸神楽の原形をなすそうで国の重要無形民俗文化財に指定されている。その神楽の幾つかは、渡部作夫さん作製のビデオで観ることができる。山の神の舞鈿女の命 猿田彦の舞イザナギ イザナミの連れ舞オカメの舞戸隠明神の舞

  琴平神社は、忌部系の大神様が祀られた神社には付きものの、金比羅神社である。グーグル地図の定点写真にリンクを張らせていただいたが、狛犬の右奥に見えている社がそれである。あれ?……この配置はどこかで見たような記憶が……そう、安房の安房神社とまったく同じ場所で(拝殿玄関前の右手側)つまり犬小屋の位置に置かれているのだ。
 けれど、よくよく考えればこれは奇妙で、玉敷神社と金比羅神社は、とどのつまりは同じ祭神だからである。玉敷神社は、タマナ・シマナ(父と母)つまり三嶋大明神一族の先祖神を祀っており、金比羅はヴァーハナ(神の乗り物)で、それすなわち三嶋大明神の化身だからだ。
 案内板には「この社の過去のことを記す古い記録はなく創建・由来等不明である」と記されていて、おそらく、玉敷神社に付随していた社ではなく、古代の宮目神社のころから、ここに置かれてあったと想像されるのだ。

  なお、ここの本殿もしくは摂社の宮目神社から正確に真南に線をおろしていくと、約70キロ離れて、忌部が領土宣言のために置いた南の神殿、川島杉山神社の本殿があり、さらに約22キロ離れて、森戸大明神の本殿が置かれている。こちらは源頼朝の創建だが、三嶋大明神そのものが祀られている。東経はおのおの、139.5697、139.5698、139.5696で、下四桁目が1ちがうと約10メートルずれるので、驚異的な精度だ。人間業とは思えないが、古代の人は偉大であったのだ !!!

 

まな美と土門くんが喋る『古事記』原文1行目〝天之御中主神〟

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「前玉比売が坐している前玉神社は、浅間塚古墳という円墳の上に建っていたわよね。すると、前玉比売のお父さんを、さきたま古墳群内の〝古墳〟であらわすとしたら、何になると思う?……」
「古墳であらわすとやな……前玉比売は小さな前玉(まえたま)におってやねんから、後ろ玉の巨大円墳、丸墓山古墳が父親になるんちゃうん」
「ふつうそう考えられるわよね。それらをふまえて『古事記』を最初から読んでいくと……」

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「あれ? さっきの系図に出とったんと、おんなじ名前の神さんがいてはってやけど……?」
「よく見てよ、同じじゃないわよ」
「……同じじゃないのよ涙は、あはん……♪」
 土門くんは妙な替え歌を口ずさんでから、
「え~こっちのは、あめのみなかぬしで、あっちのやつは、あめのみかぬし……ほんまや、一字ちごとうな」
「けど天之甕主(あめのみかぬし)をグーグル検索すると、真っ先に天之御中主(あめのみなかぬし)が出てきてしまうほどに、近似なのね。その天之御中主神は、漢字のとおりで、天の中心におられる神様ね。ところで、関東は全国でも有数の、北辰や妙見信仰の社寺が濃密に分布している地域として知られているわよね。代表的なのは、あの千葉神社で……」
「千葉県千葉市の千葉駅の近くにある千葉氏が作ったやつやあ」
 一口言葉のように土門くんはいう。
「その千葉神社の祭神は、この『古事記』冒頭にあった天之御中主神なのね。北辰や妙見信仰系の神社は、大半が祭神をこちらにするのね」
「やっぱり北極星を意味するわけか。天の中心にいてはっての神様やねんから当然やな……あれえ? 待てよ……」
 土門くんは何やら気づいたらしく、小首を、いや大首をかしげてから、
「丸墓山古墳は北極星を象徴しとうやろ。前玉比売の父親の天之甕主は、この丸墓山古墳やねんから、すなわち北極星になって、おんなじ神様になるやんか?」
「そう、同じ神様だったのね」
 まな美は、あっさり同意していった。
「ええ? そないに簡単に同一神とされても逆に困惑するぞう。それに『古事記』によるとやな、この三柱の神はみな独神(ひとりがみ)となりて身を隠したまひき、と書かれてるやんか。前玉比売みたいな娘がおってもええんか?」
「……と、思うでしょう」
 まな美は謎めかしていってから、
「独神というのは、この直後に語られるオオトノジ・オオトノベイザナギイザナミなどの夫婦(みょうと)神に対しての、対語なのよ。天之御中主神高御産巣日神神産巣日神の三柱は、造化(ぞうか)の三神と称されている特殊な神様で、けど高御産巣日神神産巣日神には子孫がいて、『古事記』にきちんと記されているのね・・・・・」

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「・・・・・天孫降臨する邇邇芸命(ににぎのみこと)って、アマテラスの孫よね。父親は天忍穗耳命(あめのおしほみみのみこと)で母親は萬幡豊秋津師比売(よろづはたとよあきつしひめ)。その比売の父親が高御産巣日神なので、つまり高御産巣日神の孫でもあったのよ。天の岩戸のシーンなどで活躍する思金(おもいかね)という神様がおられたでしょう。これも同じく高御産巣日神の子供で、萬幡豊秋津師比売のお兄さんだったのね」
「へ~……そないな系図になっとったんか」
葦原中国(あしはらなかつくに)の平定、つまり大国主命の国譲りの最初のころの話では、高御産巣日神みずからが息子の思金神などに、あれこれと指示を出しているわ。……かたや神産巣日神は、代表的な子供は少彦名命(すくなひこのみこと)で、ガガイモの実の小舟に乗って流れてきて、神産巣日神に命じられて、大国主命と兄弟のちぎりをかわして国作りを手伝うのよ。けど最後には粟の茎にのぼって、その茎にぴょーんとはじき飛ばされて、常世の国に帰ってしまうのね」
「ぴょ~んとはじき飛ばされる話は覚えとうぞう。一寸法師の原型やろ?」
 まな美は、笑顔でうなずいてから、
「この神産巣日神は出雲系の神々に助力し、先の高御産巣日神天孫系に助力する、そういった構図なのね。身を隠したまひき、とあるのは、記紀神話の初期には活躍されていたけれど今はお隠れになっている、そんな意味ね。造化三神高御産巣日神神産巣日神には、子孫たちや、その後の活動が記されてあったのに、天之御中主神に関しては、『古事記』『日本書紀』ともに名前だけで、子孫も事績も、いっさい何も語られていないのよ。それって、変だと思わない……?」
「ひょっとして、あった話を消されてしもとうわけか……」
「たぶんそうだと思うわ。消したのは彼奴等(あいつら)よね」
「そないなことをすんのは藤原氏以外あらへん」
 土門くんは、早々に結論をいってから、
「それはそうとしてやな、あっちの天之甕主神とこっちの天之御中主神が同一神やいう話は、姫独自の話なんか?」
「一応そうだけれど、たくさんの人が気づかれているはずよ。グーグルでいの一番に誤検索されるぐらいなんだから。けど誰もいわないわよね、そんな大それた事は。……天之甕主神に関しては、かの本居宣長が『古事記伝』で、こは何となき名なり、と述べたっきりで、なにかしら言及されている専門家はおられないはずよ。けど私たちは言えるのね。天之御中主神天之甕主神が同一神だと。だって丸墓山古墳が北極星だと、私たちは知っているから」
「なるほど、知っとうから言うてええわけやな、堂々と」
 土門くんは納得してから、
「そやけどこれ、『古事記』原文1行目の神様やんか!……」
「そうよ。『古事記』の一番最初に登場される神様ね」
「つ、ついこないだまでは『古事記』原文7行目の、おおとのじ・おおとのべ~で。あれでもえらい盛り上がったいうのに、ついに、ついに、『古事記』原文1行目に !!!……」
 土門くんは、遅ればせながら興奮していった。
「『古語拾遺』では、天太玉命高御産巣日神の孫とされているのね。つまり忌部は高御産巣日神系だと斎部広成は考えていたようだけれど、これは間違いよね。忌部は生粋の北斗信仰なので、天之御中主神系だと考えるのが妥当だわよね」
「我が栄光と伝統ある歴史部は、皇紀2681年本日今日、ついに、ついに、『古事記』原文1行目に到達したぞう !!!!!……」

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                         さらにつづく かもしれない

 

 

まな美と土門くんが喋る〝大国主の神裔〟と〝前玉比売〟

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「『古事記』に、大国主の神裔(しんえい)と呼ばれる系図が記されてあって、そこに前玉比売が登場してくるのよ」
「どんな話なんやこれ?」
「物語はなくて、単に系図だけで、大国主の子孫が列挙されているのね」
「するとやな、青色は男神で赤色は女神様やから、大国主の……ひ孫と前玉比売は結婚するわけか。その、はやみか~とかいう長ったらしい名前の神様はなにもんなんや?」
「だから、物語がないので正体は不明なの」
 まな美は念押ししてから、
「けど少しなら推理できるわ。スサノオは八岐大蛇を退治してクシナダヒメと結婚したでしょう。できた子供は八島士奴美(やしま じぬみ)神といって、そこから六代目が大国主ね。速甕之多気佐波夜遅奴美(はやみかのたけさはや じぬみ)神と語尾がいっしょで、おなじく〝じぬみ〟の神なのね」
「じぬみ?……それひょっとして、地主みたいなもんか?」
「そう」
 まな美は笑顔でうなずいてから、
「語尾に美しいという漢字が使われていて、見目麗しい地主様って感じかしらね。そしてジヌミの神って、この二神しかいないのよ。八島士奴美神は、八つの島だから、日本全土の地主の神様という意味ね。すると、速甕之多気佐波夜遅奴美神は?……意味はさておいて」
「なるほど、別の場所の地主の神様なんか、意味はさておき」
「そう考えられるわよね。出雲族が別天地の入間川沿いに入植して、そこの地主の神様ね。結婚相手の前玉比売は、さきたま古墳群の前玉神社にしかいないので、そう考えるのが自然でしょう」
遠距離恋愛よりも近所の職場結婚いう感じやな」
「う~ん、その喩えは今一だけれど」
 まな美は、駄目出ししてから、
「知ってのとおり、サキタマヒメはもう一人いて、三宅島の佐伎多麻比咩ね。けどこちらは三嶋大明神の妃(きさき)で、8人の子供がいてと、伝承が違うわよね」
「関係はあるけど、いわば遠縁の姫様やな。前玉神社に祀られとってのは、前玉比売と前玉彦やんか。すると、はやみか~が前玉彦になるんか」
「まあそう考えるのが自然よね。そして前玉神社が建っている浅間塚古墳は〝太陽守〟でしょう。中国の星図〝星官〟では、天帝の宮殿の門を守備しているわけね。忌部と出雲族の双方の子孫が婚姻関係をむすんで、忌部の聖地であるさきたま古墳群を護っている構図なのよ。いかがかしら? 文献、古墳、そして神社、すべてで奇麗に辻褄あってるでしょう……」
「ふむふむ、まさに『神神の契約』ばーじょん2やな」
 土門くんは、炬燵の中に突っ込んだ手で拍手している。
「実はね、とっときの秘密がもう一つあるのよ」
「な、なんや?……」
大国主の神裔の系図には、前玉比売の父親の名前が記されてあったじゃない」
「どれどれ……あめのみかぬし、なんか聞いたことがあるようなあらへんような、なにもんなんやこれ?」
「あっと驚く神様よ……!」

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                         さらにつづく

まな美と土門くんが喋る「西暦500年日本の首都は埼玉にあった!!」

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「どや! ええ勝負しとうやろ……!?」
「か、勝ってるじゃない、ほんとうに」
「歴史部は嘘はつかへん。丸墓山古墳は一見サイズは小さいけど、まん丸な円墳なんで、土の量は二子山古墳の約1・5倍、すなわち200m級の前方後円墳に相当するんやで。しかも丸墓山古墳と二子山古墳は同時築造という、気合いの入りかたが違うぞう」
「それに比べて武烈天皇の陵墓は、自然の丘だし……」
 ふたりして、しばし笑い転げてから、

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「は、は、は、は……王朝交替期の数ある諸説に、我が歴史部が、強烈な一石を投じてやったぞう」
「埼玉へ遷都は、ひときわ異彩を放っているわよね」
「当時はまだ埼玉という地名はあらへんかったんやけど、みんなが喜ぶ思てこないした」
「さすがサービス精神旺盛よね」
 まな美は、皮肉っぽく呟いてから、
「忌部が政権奪取できたチャンスは、歴史上3回あったのね。最初は卑弥呼が没した直後の動乱で、壹與をたてて鎮まったでしょう。これは阿波のオオトノベで、すなわち忌部の女神様よね。そして2回目が、この雄略天皇の暴虐、そして3回目が大化の改新の暗黒」
「なるほど、倭の国が転覆しそうになっとったときには、忌部が裏でかまえてはったわけやなあ」
「けど忌部には、ひとつ弱点があるのよ」
「な、なんや?」
「軍隊を持っていなかったことね」
「あ、戦わへん一族やもんな」
「だから事をかまえるさいには、軍事的に強い一族と同盟をむすぶ必要があって、それが雄略天皇のときの吉備、大化の改新のときの出雲族、だったんじゃないかしらとわたしは思うのね」
「な~るほど、さすがは姫、深い読みやなあ」
「そしていよいよ、お待たせしてしまった話よ。『古事記』に書かれてあった忌部と出雲族の婚姻の話ね」
「ようやく蛇の生殺しや。ほな、『神神の契約』ばーじょん2を、どぞ!……」
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                         さらにつづく