【神神の契約】釈 

西風隆介による公式の謎本  

まな美と土門くんが喋る〝星川皇子〟の秘密

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「『宋書倭国伝では、倭王武として知られ、さきたま古墳群から出土した金錯銘鉄剣には、獲加多支鹵(わかたける)大王と刻まれていたのが、雄略天皇よね」
「そないな超有名人が、埼玉県から出土してはったとは……」
 土門くんは、小馬鹿にしていう。
「さきたま古墳群が、いかに特殊な古墳なのか良くわかるわよね」
「そやけど、歴代天皇人気投票したら、わーすと1位なのが雄略天皇やぞう、たぶん」
「その種のアンケートはタブーなの、ここ日本では」
 と、まな美は窘めていってから、
「けれど、即位直前の残虐さや、即位してからの傍若無人ぶりは、土門くんが言うところの、まさに暗黒面に落ちていってるでしょう」
「だん、だん、だん、だーだだん、だーだだん……♪」
「よく似ていると思わない? 大化の改新のころの状況と」
 土門くんはダース・ベイダーのテーマ曲を転調して2コーラスほど口ずさんでからいう。
「……よう似とう」
「そして問題の、星川皇子よね」
「目茶苦茶稀(めず)らしい名前なんやろ。なんでも、星の川という概念そのもんが古代にはあらへんかったという噂が……」
「その星川という名前の、本当の謂われを知っていたのは、忌部ぐらいしかいなかったはずだわよね」
「まあ……たしかに」
「そこでわたしは思いついたの。この星川皇子の名付け親が、忌部じゃなかったのかしらって」
「なるほど……するとやな、忌部と吉備が密約をむすんどったいうわけか? 雄略天皇の追い落としを画策しとったんやろか?」
「さしもの温厚な忌部も、ぶち切れちゃったんだと思うわ」
「ぶ、ぶち切れやしたか……」
 土門くんは笑ってから、
「そやけど系図を見たら、ほっといても次は吉備の天下やんか。磐城皇子というお兄さんもいてはってやし」
「そこよ、そこ!」
 まな美は強調してから、
「吉備と忌部も、同じように考えて、緩手に出てしまったわけね」
「看守? 牢獄のか?」
「ぬるい手と書いて緩手、将棋や囲碁などで使うじゃない」
「な、なるほど……何もせえへんで待っとったら先手を打たれてしもたわけやな。大伴室屋(おおとものむろや)たちに」
「そう。星川皇子の乱とは言われているけれど、ほぼ100%大伴が起こしたクーデターよね。まさか末っ子の白髪皇子をかつぎ出すなんて、誰ひとり考えていなかったんじゃないかしら」
「たしかにな……見るからに弱っちいもんなあ」
 と、土門くんは声をひそめていってから、
「そやけど、この大伴の打った手こそ、最悪手やんか。清寧天皇はあっさり崩御しはって、その後、継体天皇の京(みやこ)入りまで約半世紀、倭の国は誰がどう治めてはったんか真実は誰にもわからへんという歴史の空白域をつくってしもとう」
 ――いわゆる〝王朝交代期〟で、雄略天皇崩御は479年、継体天皇は507年に即位したものの倭の国(大和三山の近辺)に入れたのは526年だ。記紀によれば500年前後は武烈天皇の世だが、歴史学者の大半は非実在説をとる。
「歴史にイフはないけれど、忌部と吉備が手をたずさえて倭の国を刷新しましょう、とそんな約束ができていたと想像されるのに、残念だわよね」
「ふむふむ……」
 土門くんは腕組みをして、しばし考えてから、
星川皇子の乱の事後処理で吉備はぽしゃってしもたけど、忌部はちがう。そこで自分はひらめいた!……」
「な、何をよ土門くん?」
「忌部は、さきたま古墳群を突如つくり始めたやんか。あれ同時代の倭の陵墓と比べたら、さきたまの方が規模は大きいねんで。つまりやな、もういっそのこと別の国を作ろうと忌部は決意したわけや。その首都こそが、ざ、埼玉県やあ!……」
 まな美は小さく拍手しながら、
「けど、それでいいの? それを歴史部の指針とさだめて?」
「かまへん! 西暦500年前後、日本の首都は埼玉県にあったんやあ! 誰にも文句いわせへんぞう」
「いったもの勝ちよね。元来歴史の空白域だし」
 と、まな美も無邪気に賛同するのだった。

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                         さらにつづく